若かりし20代初頭、
「海外に出る方法」を無謀にも
その情報をあさり始めたところまで、
お話ししました。
周りが、「バブル時代」気分で、
海外旅行や、ブランド物を身にまとう人たちで
溢れていた時代です。
我が家は、晩婚の両親が、
40歳を過ぎてから生まれた子供の兄と私。
年の離れた親にとって
子供は何をやっても可愛いし、心配。
私を遠くに出そうとはしません。
大学も東京には出してもらえず、
地元の短大に通い、
就職は親のコネで日立製作所系の事務になりました。
家から歩いて10分ほどの距離にある会社に通い、
「お茶くみ・コピー取り、電話受け」
という仕事を9時~5時まで。
それで意外と高いお給料とボーナスをもらいました。
・・これをバブルというのでしょうか?!
娘が海外に行くなんて、
両親の脳みそにはそんな単語はありません。
親の頭には、今度は自分が気に入った人と、
早く結婚させること!
口から出る言葉は、そんな事ばかり。
・・・いったい誰の結婚何だい??
親にとっては、可愛い娘が
安心な会社に入り、
8時間勤務して、
家が近いから早く帰ってくる、という
理想的な環境を作りました。
・・・今の私をみて、そんなに親の言いなりになっている私を
誰が想像できるでしょう?(笑)
周りの友人たちも、
毎日着てゆく服の事、
お化粧の事、
付き合っている彼の事、
そんな話ばかり。
「え~~?!
自分が生きていて、
これをしました!
とか、
心躍る何かをやったっていう、
そんな事考えないの??
私は、これをしたい!!
とかって夢ないの??」
いつもそんなことを思う私がいました。
しかし、
私の心の中に小さく芽生えた「海外への憧れ・妄想」は、
小さく胸の中にしまったまま、
流されるまま日々が過ぎてゆくだけでした。
私にとっては、
いつもと同じ風景の家から、
いつもと同じ風景の道を通り、
いつもと同じ風景の街を抜け、
いつもと同じビルの中で、
なんのときめきもない仕事を時間までするだけ。
私の心は、
全く輝いていません。
何がしたいかも分からず、
20歳そこそこの元気有り余る時代に、
椅子に座って、言われるままの仕事をして、
家に帰るだけ。
このままではいけない!!
それから、「アフター5」の人になりました。
何かをせずにはいられなかった。
スイミングクラブ
ジャズダンス
お花
簿記構座
テニスクラブ
スキー
空いてる日は飲み会三昧
1週間外出しっぱなし。
動きっぱなし!!
遊びっぱなし!!
そのうち、また自分は疎外感を感じます。
いったい何をしているんだろう???
このまま、クリスマスと呼ばれる
25歳までに「3高」と言われる親の安心する人でも見つけて、
結婚するの?
それでいいの??
私は、何がしたいの?
一番やりたいことは何?
「海外に住みたい!!
旅行じゃなくて、住んでみたい!!」
と、胸にしまっておいた気持ちが
ウワーっ!!と出てきました。
一番したい事をしないで、
それ以外の事で気持ちをごまかしていても、
充たされない思いと
時間ばかりが、ただ過ぎてゆく。
「本丸を攻めないといけない!」
