誰も私のこれからを決めてはくれないのだ。

 

長い間、自分がどうしたいかなんて、考えたこともなく

親のため、家族のため、なにより子どもたちのために生きてきた。
 

言いかえれば・・

自分の人生について思考することを放棄して、

依存的に生きてきたということに他ならない。

 

両親にとっていい娘でいること

夫にとって空気のような妻でいること

子どもたちを生きがいにすること

それらはすべて依存心の変形でしかない。

 

 

そのなかで染みついた思考の癖は、もう私の一部となっていて、

今さら「自分」の人生なんて、急に取り戻せるわけなんてないのだ。

 

ひとり暮らしをはじめてみたものの

結局また、

ぽっかりと空いた心の穴を、放心して眺めるだけの日々が始まった。

 

毎日、ただぼんやりと時間をやりすごし、

ただなんとなく食事をし、

ただ、夜が来て眠った。

朝がくれば、心底うんざりした。

 

あの世にいる母に

「もうそっちに行きたいよ」

と、なんども叫んだ。

(母は困惑していただろう・・)

 

そんな暮らしを2,3か月も続ければ、

誰だって、自分の状況に飽きてくる。

 

自分にうんざするだけして、

ようやく

もやもやとした感情が

言葉という形をもちはじめ

私はやっと我にかえった。

 

 

「誰も私のこれからを決めてはくれないのだ。
私は、これから自分のための人生を生きていかなくては!」

「そのために、私は私自身を取り戻そう!」

 

でも、どうやって?

そもそも、私自身ってなに?