魂の浄化、第五回目は久留米に居る友人を訪問した折、向かっていただいた太宰府天満宮と、島根県に移り須佐神社に訪問した時の内容を綴りたいと思います。
太宰府天満宮といえば、学問の神様と頭に浮かぶと思います。
京都でお生まれになった菅原道真公は、幼少期から学才に優れており一流の学者・政治家・文人としてご活躍なさいました。
無実ながら太宰府へ流され、お亡くなりになられた後、御亡骸を京都へ運ぼうとした牛車の牛が動こうとしなかったことで、道真公の意思と汲み取り太宰府に埋葬されることとなったそうです。
天神信仰の点在する12000社の総本宮であることから、アジアの他国からも参拝者が訪れているとのことです。
お社は勿論のこと、お庭もとても綺麗に整備されており、気高さと歓迎頂いている温かさを感じることが出来ました。
子供の頃、受験勉強が捗らなかった私に、父が「人間は一生勉強だからな」とつぶやいておられました。
年齢を重ねるごとに、興味の先行から学ぶことへの意欲が高まっております。
日々学び、実践、継続していくことが魂の精錬にも繋がると感じ実行しており、学ぶことのできる環境と状況の感謝をお伝えさせて頂くため、数年に一度再訪したいと思います。
小倉に住む友人宅へお邪魔し、島根県へ向かいました。
島根県は、神々の國とキャッチフレーズを掲げているのですが、訪れる前まで何の情報もなく、求めておりませんでした。
場所も曖昧で、島根と鳥取の位置が定かではありませんでした。
しかしながら、最初に訪れた松江城では、撮影中のしまねっちと会うことができ、街並みをぶらつくことでとても心地の良い、自然あっての人間であることへ染み入ることのできる空間が広がっていることに気が付くことが出来ました。
県の人口は70万人、日本の神々800万が集まる場所であることや、多くの国民に場所や名物を間違えられるということに耐えているなど、興味深い内容に触れることもできました。
日本国内で不要な県など存在せず、住んでいる県が心から嫌いであることは考えにくいことです。
かつて日本は、広島と長崎に原爆を投下され、数年間離れざる負えない場所とされました。
そして原発事故。
原爆と原発とでは、原発の方が計り知れない悪影響を人体や自然に与えるというのは周知の事実。今もまったく終息の道を歩んでいないことも問題の深刻さを露呈しています。
私の地元である茨城県の隣、福島県の一部には一生入ることは出来なくなりました。
ここまで辛い思いをしている同じ国民がいるのに、原発を動かそうとしています。
同じ事故が様々な場所で起きたら・・・日本に住めなくなるかもしれません。
愛すべき国が失われるリスクを持ちながら、快適さを追っている現代には、生きる上で目には見えぬ大切なものが欠落しているということに刮目しなくてはいけない時期に来ていると感じています。

