まず、裁判官の仕事は何かと言うと、現在存在している法律に基づいて、合法(合憲)か違法(違憲)かを判断することであって、自身の思想信条を絡めて判決を下すことではない
本日28日、「同性婚を認めない民法の規定は、法の下の平等に反する」という訴えに対して、東京高裁は「憲法違反ではない」という判決を下した
全国で行われた同じ訴訟では、同性婚を認めないのは憲法違反という判決が続いていた。
そういう判決を出した裁判官たちは憲法を都合のいいように解釈し裁判官の責任を果たしていない。
同性婚に関する裁判の判決は憲法を素直に解釈すれば簡単に出る
なぜなら、この憲法にはわざわざ婚姻に関する条文が入れてあり、
日本国憲法第24条1項には「婚姻は両性の合意のみに基づいて成立し夫婦が同等の権利を有する」と書いてあるからだ
両性とは「男性と女性」夫婦も「婚姻関係にある男性と女性」という意味だ。
24条第2項にも「両性の本質的平等」と書いてあり、ここでも「両性」という言葉が使われている
この24条が、はっきりと婚姻は男女間で成立すると言っている
そこで、これ以外の条文を持ち出して憲法に反するという判決を導き出してきた。
第13条(幸福追求権)
ここには
「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。」
幸福追求権は保障されているのに、同性婚が認められないから幸せではないという主張だ
しかし、この条文でも「公共の福祉に反しない限り・・・最大の尊重をする」と書かれていて、個人の幸福追求権にも制限があると書いてある。
第14条(法の下の平等)
第1項「すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。」
この条文には、制限が書かれていない
この14条を根拠に、同性婚を認めないのは、法の下の平等に反していると結論付け、よって同性婚を認めない民法の規定は憲法違反という判決を導き出している
婚姻に関する24条を無視して、第14条の法の下の平等に反しているから同性婚を認めないのは憲法違反としている。24条はどこへ行ったんだよ
だいたい、素直に解釈すれば、法の下の平等は原則だが、婚姻はその例外と考えるのが普通だ
憲法は、素直に読んで厳格に解釈するもので、好きな条文だけ抜き出したり、解釈次第でどうとでもなるものなら、憲法の意味がない。
最後に僕の同性婚に対する考えを書く
僕は同性婚に反対ではない。理由は、憲法第14条、法の下の平等の原則に反するからだ
しかし、24条があるから同性婚は認められない。
同性婚を実現するためには、24条の「両性の合意」を「両者」のような「性別のニュアンスを含まない」文言に置き換える憲法改正をするべきだと思う
「同性婚を認めない民法の規定は憲法違反ではない。ただし、憲法制定からすでに80年ほど経過し、人々の価値観、家族間も変化していて、憲法の規定が現代社会の現実と乖離している部分もあると思われる。よってこの問題は立法府で考えるべき」という感じの判決が妥当だと思う
要は、同性婚を認めてほしいなら憲法改正しなさいという判決を出すのが、正しい判決というものだ。
もし、両性で成立するのが婚姻としている条文を改正せずにやるなら、それを結婚と呼ぶべきではない。
結婚した者たちと同等の権利を与える制度創設はすでに行われている。
ただしそれは結婚とは言わず「パートナーシップ制度」という
総選挙という言葉が衆議院議員選挙だけを指すのと同じようなものだ
(なのでAKB総選挙という使い方は正しくないのだ)
憲法第24条の真実
そもそも、この第24条は同性婚を認めないための規定ではない。
この条文が力点を置いているのは「両性」という部分ではなく「合意のみ」という部分だ
つまり、婚姻に家長の同意は必要ないとするための条文なのだ
戦前は結婚は二人の合意だけではできなかった。家長(たいていは父あるいは祖父)の同意が必要だった。
家長が反対していたら結婚は認められなかった。
第24条は、それを否定するために設けられた条文だ。
しかし、両性や夫婦という単語が使われているので同性婚を認めないのは憲法違反ではない
同性婚を認めてほしいというなら、なぜ、彼らは憲法改正を求めないのか?
他の国なら、そうする。
そうしないところが、こういう運動をしている連中のいかがわしい所だ
いかがわしいというのは同性愛者の事ではない。
この問題を憲法改正をせずに、憲法解釈で実現しようとしている活動家連中のことを指す