弟が自殺した

弟が自殺した

2012年12月に弟が自殺した。
このブログは僕がこの事実を受け入れるために書くものです。

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12月25日が弟の一周忌だった。
一年前のこの日、僕は普通に仕事に行っていたけど、弟は一人寂しくこの世を去ったのだと思うと可哀想で居た堪れなくなるし、一方でその身勝手さに腹立たしさも感じる。
自殺したのがクリスマスの日というのも考えさせられる。
僕が小学生の時に父がレンタルビデオ店で借りてきた映画「グレムリン」(当時はVHSテープだ)を弟と一緒に見た記憶があるが、その中で確かヒロインがクリスマスは自殺率が年間で最も高い日と言っていたように思う。
弟はそれを覚えていただろうか?
弟は娘達とクリスマスを祝いたかっただろうに、妻が新興宗教に嵌まってしまったために、離婚前もクリスマスは禁じられてしまっていた。
あの世でクリスマスをやるつもりだったのだろうか? 娘達はこの世にいるのに?
ともかく、この一年は弟のことを考えない日はなかったし、まだ弟のことを調べたいと考えている。
本当はただ安らかに眠ることを祈るだけの方が良いのかもしれないが。
今日は弟の誕生日。
男兄弟だし、プレゼントを贈るようなことはなかったけど、メールくらいは送っていた。
去年もメールを送ったけど、返信はなかった。
面倒くさがりな弟からメールの返信がくることは稀だった。
返信がなくても元気にやってりゃそれで良いと思っていた。
去年の今は生きていたのに、もう亡くなって大分経つ。
受け入れるにはまだ時間が必要だ。
年を取らない誕生日おめでとう!
しばらくブログを書かなかった。仕事が忙しかっただけで、書けない精神状態にあったわけではないが、書かなくても済む精神状態であったわけでもない。これまで葬祭関係の風習について全然興味がなく、たまに親戚と共に祖父母の墓参りをするくらいであった。だからお盆とかお彼岸とかあまり馴染みがなかったのだが、今年は弟の新盆なのでそれらしいことを少しはやってみたり、お彼岸に御萩を食べてみたりした。何もしないよりはマシな気がするが、こんな調子ですぐに一周忌を迎えそうで、ちょっと怖い。
早いものでもう半年経つ。仕事に追われつつも弟のことを考えない日はない。兄弟なら喪に服するのは半年程度とも言うようだが、自分の心理的に1年は必要そう。そのうち弟のことを思い出さない日も来ると思うのだが、それはいつになるだろう? 段々、思い出さない日が増えてきて、年に数回、弟を思い出すくらいになれるだろうか? 今後一生、毎日、弟のことが浮かぶとしたら…、まぁ、それはそれで良いか。
先週の土曜日が5回目の弟の月命日だった。両親と共に墓参りした。そこでいつも月命日の度にお参りしてくれる弟の友人に初めてお会いした。それまでメールと郵便だけのやりとりで電話もしたことがなかった。直接話をして弟が家族には見せなかった顔を窺い知ることができて良かったと思う。

4月は慌ただしく過ぎて行った。4回目の月命日も、父母は墓参りしたが僕は気になりながらも仕事だった。新年度で仕事も忙しかったし、プライベートでも忙しく、弟のことをいろいろ調べたいのに時間が作れなかった。

GW前半は、10年越しの念願叶った僕のために、伯父が宴席を設けてくれることになり、父母と一緒に伯父のところまで行ってきた。伯父は子供がいないこともあってか、僕ら兄弟のことを子供の頃から可愛がってくれた。弟は去年の夏に伯父の家に遊びに行ったくらい親しかった。そのときに伯父は自殺の兆候など感じなかったそうだから、なおさら今回のことは衝撃だったようだ。宴席では弟の遺影に陰膳を用意してもらった。生きていたら僕のことを凄く喜んで祝ってくれただろう。お調子者だったから、酒を父や伯父に注いであげたり、いるだけで賑やかだったに違いない。伯父から去年の夏に弟が来たときの様子を聞いたり、そのときに撮った弟の写真をもらったり、一緒に食事したという店に行ってみたり、弟を偲ぶ旅となった。

こんなに親戚からも慕われていたのに何故自殺なんかするかなぁと繰り返し思ってしまう。未だに自殺の原因に納得することができない。納得しようとしまいと取り返しがつかないのだから原因などどうでも良いのかもしれないが、しばらくは色々と調べて思い悩むことにしよう。

昨日25日が月命日だったが墓地が休業日だったので、両親は今日墓参りしたそうだ。一周忌までは月命日毎に墓参りも当然と思うが、1年過ぎても両親は月命日毎に弟の墓参りに行くのだろうか。つくづく弟は罪深いと感じる。

週末にスーパーに行ったら小学校入学の準備セールなんかやっているのを見て、弟も本当なら今の時期、長女のために買い物したりとかしたかっただろうなぁとか、両親も初孫にランドセルを買ってやったりしたかったろうにとか、感傷に浸ってしまった。

今日は彼岸入りということで、父母と共に弟の墓参りに行った。僕がここに来るのは納骨以来2回目。お彼岸なのでお参りの人達が沢山いた。子供達が両親に連れられて祖父だか祖母の墓にお参りする様は何とも健全に感じられる。それを横目に弟の墓石に水を掛け擦って綺麗にしてやる。まだ新しい墓なので墓石はピカピカと反射し、お前には勿体ないくらいだなと愚痴りたくなる。親不幸なことをした弟。そこでしばらく待っているが良い。お前の代わりに僕が親孝行するからなと改めて思う。
今日は雛祭り。雛祭りなんて僕は興味ないけど、弟にとっては娘達との大事なイベントだったらしい。父と母が雛人形一式を贈ったのでそれを飾っていたようだ。しかし、離婚して元妻が娘達を連れて家を出たときにその雛人形は家に残された。ローンが残っている家だったので、そのうち弟も家を出て人手に渡ることになったのだが、小さなアパートに身一つで移る際にその雛人形一式が入った箱も運んだのだった。あんな大きい箱を自転車で運んだのだから、とても大変だったろう。一度家族で弟のアパートを訪ねた際に碌な家具もない部屋でその大きな箱はやたら目立った。もう使いもしないものだし嵩張るのに何故って訊いたら、粗大ゴミとして捨てたら買ってくれた父が可哀想だからと弟は答えた。確かに父は孫娘をすごく可愛がっていたが、その答えに少し違和感を感じた。母はそんなの気にしないで良いと言ったし、僕も同感だった。今思えば父のためというのは口実で弟本人が雛人形に未練があったのかもしれない。いつか再び娘達と暮らして雛祭りを祝えることを夢見て。本当に素直じゃない奴だ。自殺したときも小さな部屋のロフトにその雛人形の箱がそのまま置いてあった。結局は粗大ゴミになったじゃないかよと僕は毒づいた。
今日は弟の2回目の月命日。先週末は伯母や叔父が弔問に来てくれた。納骨が済んでから訃報を伝えたので、こんな時期になった。伯母は弟の好きなお菓子を覚えていて持ってきてくれた。甥が自殺というのはそれなりにショックのようだ。考えてみると僕の血族である父母・おじおば・いとこ・姪は全部で15人もいて、その全員に兄弟姉妹がいて今も生きているのに、僕だけ兄弟を失って1人になってしまった。そりゃ、年を重ねればいつかは死別を迎えるだろうが、三十歳代での別れは早過ぎないか? 2人以上兄弟がいれば1人兄弟を失った場合に他の兄弟と悲しみと辛さを分かち合えるのだろうか? なんか自分が可哀想みたいだ。それは僕が弟を救えなかったせいなのか? いくら調べてみてもこの状況で兆候に気付いて救えって無理ゲーだぞと、改めて弟に心の中で文句を言ってみる。「悪ぃな、アニキ、後は頼んだ!」って悪びれない返事が返ってきた。うん、お前の後片付けには慣れているさ。