テレビの影響 | diary of trial and error (new title)

diary of trial and error (new title)

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今、わたしは父が残してくれた1.5Lの小型のハッチバックを使わせてもらい、

スーパーで買い物して(これも残してくれた)駐車場に車を置いて食材など荷物を家に運び込むのですが。。

 このとき、いつも思い出すのが、50年以上昔し、1970年NHKが放送したらしい ”ドリス・デイの「ママは太陽」” という”シットコム(シチュエーション・コメディ)”(英: situation comedy)。

 

 

(まったく内容は覚えていないのですが) ドリス・デイが子供二人を郊外(田舎)で育て上げる。

 

すごく覚えているのは・・

ドリス・デイが週末に、ステーションワゴン車で食材を買い物に行って、沢山運び込んで大きな冷蔵庫にいれるという・・・ (大きなアメ車のステーションワゴン、ドリス・デイがシートベルトでトラブってた)

 

これが、子供の脳裏に植えつけられていて、大きくなったら、ステーションワゴンに乗って、スーパーで買い物して、家に帰るぞ! と思ったのですが・・・ 小規模ながら、すこしは夢は実現し、車庫入れする時に少し満足感があるのですが。 

 

(横浜まで車で遠征したとき。何度か家族を乗せ大きなスーパーに行き、カートに沢山買い込んで、それを賃貸住宅の3階まで運び上げ、クルマを時間貸しの駐車場に置き戻るってみると、すごく狭いダイニングキッチンに荷物がごっそり置かれて座れない・・ →これでは「ママは太陽」のステーションワゴンの夢が全然かなってない感じ・・

 (ニッポンは、、50年経っても・・って感じ・・・)

 

原題は The Dris Day Show というらしいです

 

New York City でずっと暮らしていたドリス・デイが、夫を亡くし小さな男の子ふたりと一緒に、カリフォルニアのお父さんの牧場に引っ越す (Season 2 からドリス・デイはお仕事を始めるんですが) Seasons 4–5 (1971–1973)あたりで、ロマンスがあったり、そして古いボーイフレンドと再会??

NHKは途中までしか放送しなかったのかな?と・・ 

 

 

アメリカの 凄いたくましさ、明るさ、生きる強さみたいなもの、、それがステーションワゴンと一緒に焼き付いていて・・

このドリス・デイの吹き替えは、やっぱり ペギー葉山さんです!!

 

面白いエピソードを今日みつけて読みました

 

ペギー葉山さんは、1952年に「ドミノ/火の接吻(せっぷん)」でレコードデビューした。
ペギー葉山さん談 「『ドミノ』はやっぱり、いつうたってもステキなんですよ。この歌をレパートリーにしていた(米国の歌手)ドリス・デイに会ったときに『この曲でデビューしたのよ』と伝えたら『その曲は覚えていないわ』といわれた(笑)。彼女にとっては通り過ぎた歌だったのでしょう」

 

Dris Day って人は、凄い沢山歌をうたってるんですね! Dris Day 100 Songs なんてある・・・

 Que Sera, Sera (ドリス・デイの1956年ヒッチコック映画「知り過ぎた男」。 1956年の楽曲、)

なんて、one of them なんだろうなと・・・

 

 

 

 


Dris Day という人は(すごい美人という感じではないんですよね(?) アメリカの女性の理想なんだろうなーとか

 

 

 

ママは太陽=ドリス・デイ=ペギー葉山さんという自分の中のイメージは、幻想だったのかも?

一度、ドリス・デイの映画とかを観てみたいです。

 

 

「ママは太陽」は1970年の ことなのですが

今日、たまたま YouTubeで 1980年代の特捜最前線を少し見てしまい・・

 暗い! 犯罪の裏に、すごく悲しみがあり・・・

 エンディング、あの「私だけの十字架」が流れ・・・

 

 

1970年にケセラセラで明るい夢を持たせてもらっていながら、

15年後の「私だけの十字架」で社会の暗さ非情さをあじわう。

  (おまけにトレンディドラマもチラッとぼんやりみて)

 

もう頭の中がゴチャゴチャになってるなーと・・・

 

 ママは太陽に染めたい!