坊ちゃんは物理学校で何を勉強したのか? | diary of trial and error (new title)

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この何を専攻したのか?については、いつかまた調べるとして、

 

漱石と物理学といえば、どうしても「寺田寅彦」、

明治時代の「坊ちゃん」が1906年の刊行らしく。

 

 wikipedia によると、

 1905年、26歳のときに3つの重要な論文を発表する。

 この1905年は「奇跡の年」とも呼ばれている。
 「奇跡の年」およびそれに続く数年で、 アインシュタインは「光量子仮説」「ブラウン運動」「特殊相対性理論」に

 関連する5つの重要な論文を立て続けに発表した。  

 

とあるので、

仮想の小説「坊ちゃん」の卒業研究は、先端の原子核の アーネスト・ラザフォードとか、ボーアとかの原子の研究の方面の物理ではないだろう(そうしないと絵にならない)。

先端的な物理分野でもあっただろうが、やはり、寺田寅彦先生の多彩な物理学の中のその1つをやったと仮定する方が自然だなと・・

(物理学は、すごく難しい数式を使うので、旧制中学の数学を教えるのは楽だっただろう)

 

 

寺田寅彦

生年月日: 1878年11月28日
死亡日: 1935年12月31日, 本郷区 なので、寺田寅彦は”原子爆弾”を知らないのだけど、既に20世紀が幕を開けてすぐの1905年頃にはその原理的な基礎が出来上がりつつあったようです。

 

常々、wikipedia を超える記事が出て欲しいと思っていますが、

この理化学研究所の「寺田寅彦」の記事はとても良い。