この病気はなかなか周りの人に理解してもらえない。それにもかかわらず、病人が家族と同居して生活する事ができるのは、家族が病気を理解してくれているからだろう。理解しているというより、慣れていると言った方がよいのかも知れない。病人に何かあると、家族は「またいつもの事だ」などと思うのだろう。

「またいつもの事だ」と思ってもらうためには、病人の言動が、いかに病的なものであるにせよ、ある一定の傾向を持っていることが必要であろう。病人は、入院して陽性症状を治療し、さらに服薬治療によって、陰性症状も改善する。治療によって、病人の精神には何らかの変化がある訳だが、病人の精神が一定の傾向を保つためには、その変化が急激なものであってはならない。端の人にとって理解を超えたものであってはならない。病人は、おもむろに、少しずつ快復していくのである。

ところが、ある急激な精神上の変化、それが病気或いは病気の快復と関連があるのかどうかは不明だが、病状の快復と並行してある急激な精神的変化が生じる場合がある。そうした場合、彼の家族は、彼の精神の変遷をたどることができずに、彼を理解しようとする努力を放棄してしまうことがある。哀れなのは理解を拒絶された病人である。彼は入院することにより社会的な権利を喪失したばかりではなく、家族に保護されるという、病人として所持してしかるべき特権をも奪われたのである。

 

 

 スフォルツアート、ネットワークオーディオプレーヤーを製造しているスフォルツアートというメーカーがホームページでMQAに対して批判的な文章を掲載している。MQAの謳っている「折り畳み」という技術を非可逆圧縮であると見なし、非可逆圧縮は音質的に良くないというのである。私にはスフォルツアートのネットワークオーディオプレーヤーがMQAに対応していないことへの言い訳の様に思われた。

 

 

 そんなことはないのだろうが、この主張、MQAが同じハイレゾでもDSDに劣るという主張は肝心な点を見落としている。つまりインターネットからダウンロードしてネットワークオーディオプレーヤーなどでデコードする、無形のファイルデータだけに限った話をしているから良くない。有形のメディアであるMQA-CDとSACDとを比較してみればよいのだ。そうすれば、この両者には決定的な相違があることがすぐにわかる。そう、言うまでもなくMQA-CDはSACDと違ってリッピングができるのである。

 

 

 例えば、ネットワークオーディオを始めようとするCD愛好家が二の足を踏むのは、自分の所有しているSACDのソフトがネットワークオーディオでは役に立たないからであろう。MQA-CDは云わばリッピングのできるSACDなのである。私はリッピングしたMQAファイルをパイオニアのネットワークオーディオプレーヤーでフルデコードして聴いている。

 

 

 

 

 Roonを使って聴く事もあるが、RoonにはMQAフルデコードの機能はなく、コアデコードによって88.2kHzまで再生できる。MQAは「折り畳ん」だデータを段階的に展開できるようになっていて、一部だけを展開する「コアデコード」と、すべて展開する「フルデコード」との2通りの方式がある。

 

 

 

 

 

 ちなみに私の使っているパイオニアのネットワークオーディオプレーヤーは購入した当初はMQA対応ではなくMQAファイルのハイレゾ再生はできなかった。それをファームウェアの更新だけでMQAフルデコード対応に機能強化した訳である。行き届いたアフターサービスであると言っていいのだが、欲を言わせて貰えば、MQAのギャップレス再生にも対応して貰いたかった。

 

 

追記

 SACDをリッピングできないことはないと主張する人がいるかもしれないが、多大な手間暇と費用を必要とする上に、その違法性をかんがみて、この記事では考慮しないことにした。

統合失調症は基本的に躁である。躁が災いする病気である。鬱病とは違うのである。