思い出深い問題があります。
自分が中学3年生だったとき、学校の実力テスト(数学)で出題された1問。
問題文には、このように記載されていました。
「直線ABと直線ACがあり,直線AB上に点Dがある。
直線ABと直線ACから等距離にあり,AD=APとなるような点Pを作図しなさい。」
※問題にあたえられた記号は曖昧ですが、ほぼ同じ趣旨で出題されました。
作図の超基本問題です。
線分から等距離、といえば、角の二等分線。
AD=APも、点Aを中心とする円をコンパスで描くだけなので、楽勝です。
スラスラと、解答欄にこのような作図を残しました。
ものの1分~2分で作図は完成し、他の問題に移ります。
テスト問題が全て解き終わり、見直しの時間。
さっきの作図に誤りがないか見返します。
じっくり問題文を読み、あることに気がつきます。
「直線・・・あ!!答えがもう1つある!!」
そう、「直線」とは、両端がなく、まっすぐに伸びている線のこと。
「線分」や「半直線」とは違うのです。
※参考
ということは・・・
反対側にある、赤の点Pも存在することに気がつきました。
そして描いてみました。
しかし、困ったことに、当時のテストには、赤の部分を描こうとする部分に、次の問題文が書かれてありました。
おそらく数学的には、赤の部分を描かなければいけないのですが、テストがその余白を取っていない・・・。
「どうしよう・・・」
と困っていたときに、数学のF先生が巡回にきました。
「きっと説明がある!」
と信じてみたものの、期待された説明はありません。
「問題の見えにくいものや、ミスプリント等はありませんか?」
と、F先生。
勇気を振り絞って手を挙げて、
「この問題なんですけど、直線・・・」
と私が言いかけた瞬間、
「設問に関する質問には答えられません。」
との返答・・・。
最後の頼りを失い、自分との戦いです。
「どうする?これ、多分設問のミスやよな・・・。
普通はこっち(青)しか描かないだろうけど、絶対正しいのはこっち(赤)も描くことやよな。
どうしよう・・・」
迷いに迷って、納得のいくように、答案を作りました。
赤い方も、自信を持って描きました。
次の問題文か書かれている文章の上にあることもはっきりわかるよう、いつもより濃く「P」と書き込みました。
テスト返しのとき、いつも以上にドキドキしていました。
「あの作図、どうだったんだろう・・・」
F先生は、にこやかにこう言いました。
「ごめん!
あの作図の問題、設問にミスがありました。
『直線』ではなく、『半直線』と書かなければいけない問題でした。
『直線』の場合、答えは2つ存在します。
しかし、今回の解答欄はそれにふさわしくないものだったため、今回はPを1つだけ描いてあれば正答とします。」
私は、
「しまったー!」
と思いました。
2つ描いてしまった自分はダメだと思ったんですね。
しかし、後悔は不要でした。
返ってきた答案には、1回×にされたあと、◎がついて訂正されたものが記されていました。
そして、F先生は
「これ、こっちが正しいよな」
と、作図した問題を指差して笑ってくれました。
実は、答案を作る際に、もっと大きな心配がありました。
自分が赤の方を描いて正しいとされた場合、おそらく多くの生徒が青だけ描いてくるだろうから、その生徒たちが×にされるのではないかと考えたわけです。
出題が不親切であることは間違いないわけで、青だけ描いてくる生徒の主張も分かるわけです。
それなのに、自分だけが○で、他の生徒皆が×になる・・・そんな状況が生まれることが予想されたわけです。
心配は無用でした。
F先生は、自分が作った設問の非を認め、全員の生徒に得点を与えたのです。
意志を貫いて、解答を作ってよかったなーと思います。
今朝の北國新聞の「時鐘」に、こんな文章がありました。
「11日付の記事に、『栽培』とすべきところが『裁培』と誤ったまま紙面になりました。
深くおわびして訂正します。
時鐘を書き写している読者や生徒さんたちには顔向けできません。」
※本文、一部改
顔向けできないどころか、こうやってしっかり誤りを認める態度を見せてあげて欲しいと思います。
F先生も然り、時鐘の執筆者も然り、そういう態度からこそ子どもは学ぶものです。
謝れない大人が多すぎる中、こういう大人の背中はカッコ良く映ります。
(たとえ体調が悪く入院していたとしても、自分の非を認めるて謝罪することはできるでしょうにね。)
自分も教える立場になり、大人の姿勢を見せる側になりました。
しかし、ふたを開ければ、間違いの連続です。
あるときはホワイトボードに書く漢字を間違え、あるときは問題文を読み違え、計算ミスをして・・・。
そういうとき、しっかり間違いを認めるようにしています。
「みんなが間違いに気付けるか試したんやーーー」
なんておどけてみせて、失笑を買うような発言をしないように気をつけています。
間違いは、謝って正す。
そんな姿勢を貫いていこうと思っています。
あのときのF先生のように、今朝の北國新聞の記事のように、誠実にいきたいものです。
過ちを改めざる、是を過ちという。
今一度、自戒の念をこめて。
西野でした。
自分が中学3年生だったとき、学校の実力テスト(数学)で出題された1問。
問題文には、このように記載されていました。
「直線ABと直線ACがあり,直線AB上に点Dがある。
直線ABと直線ACから等距離にあり,AD=APとなるような点Pを作図しなさい。」
※問題にあたえられた記号は曖昧ですが、ほぼ同じ趣旨で出題されました。
作図の超基本問題です。
線分から等距離、といえば、角の二等分線。
AD=APも、点Aを中心とする円をコンパスで描くだけなので、楽勝です。
スラスラと、解答欄にこのような作図を残しました。
ものの1分~2分で作図は完成し、他の問題に移ります。
テスト問題が全て解き終わり、見直しの時間。
さっきの作図に誤りがないか見返します。
じっくり問題文を読み、あることに気がつきます。
「直線・・・あ!!答えがもう1つある!!」
そう、「直線」とは、両端がなく、まっすぐに伸びている線のこと。
「線分」や「半直線」とは違うのです。
※参考
ということは・・・
反対側にある、赤の点Pも存在することに気がつきました。
そして描いてみました。
しかし、困ったことに、当時のテストには、赤の部分を描こうとする部分に、次の問題文が書かれてありました。
おそらく数学的には、赤の部分を描かなければいけないのですが、テストがその余白を取っていない・・・。
「どうしよう・・・」
と困っていたときに、数学のF先生が巡回にきました。
「きっと説明がある!」
と信じてみたものの、期待された説明はありません。
「問題の見えにくいものや、ミスプリント等はありませんか?」
と、F先生。
勇気を振り絞って手を挙げて、
「この問題なんですけど、直線・・・」
と私が言いかけた瞬間、
「設問に関する質問には答えられません。」
との返答・・・。
最後の頼りを失い、自分との戦いです。
「どうする?これ、多分設問のミスやよな・・・。
普通はこっち(青)しか描かないだろうけど、絶対正しいのはこっち(赤)も描くことやよな。
どうしよう・・・」
迷いに迷って、納得のいくように、答案を作りました。
赤い方も、自信を持って描きました。
次の問題文か書かれている文章の上にあることもはっきりわかるよう、いつもより濃く「P」と書き込みました。
テスト返しのとき、いつも以上にドキドキしていました。
「あの作図、どうだったんだろう・・・」
F先生は、にこやかにこう言いました。
「ごめん!
あの作図の問題、設問にミスがありました。
『直線』ではなく、『半直線』と書かなければいけない問題でした。
『直線』の場合、答えは2つ存在します。
しかし、今回の解答欄はそれにふさわしくないものだったため、今回はPを1つだけ描いてあれば正答とします。」
私は、
「しまったー!」
と思いました。
2つ描いてしまった自分はダメだと思ったんですね。
しかし、後悔は不要でした。
返ってきた答案には、1回×にされたあと、◎がついて訂正されたものが記されていました。
そして、F先生は
「これ、こっちが正しいよな」
と、作図した問題を指差して笑ってくれました。
実は、答案を作る際に、もっと大きな心配がありました。
自分が赤の方を描いて正しいとされた場合、おそらく多くの生徒が青だけ描いてくるだろうから、その生徒たちが×にされるのではないかと考えたわけです。
出題が不親切であることは間違いないわけで、青だけ描いてくる生徒の主張も分かるわけです。
それなのに、自分だけが○で、他の生徒皆が×になる・・・そんな状況が生まれることが予想されたわけです。
心配は無用でした。
F先生は、自分が作った設問の非を認め、全員の生徒に得点を与えたのです。
意志を貫いて、解答を作ってよかったなーと思います。
今朝の北國新聞の「時鐘」に、こんな文章がありました。
「11日付の記事に、『栽培』とすべきところが『裁培』と誤ったまま紙面になりました。
深くおわびして訂正します。
時鐘を書き写している読者や生徒さんたちには顔向けできません。」
※本文、一部改
顔向けできないどころか、こうやってしっかり誤りを認める態度を見せてあげて欲しいと思います。
F先生も然り、時鐘の執筆者も然り、そういう態度からこそ子どもは学ぶものです。
謝れない大人が多すぎる中、こういう大人の背中はカッコ良く映ります。
(たとえ体調が悪く入院していたとしても、自分の非を認めるて謝罪することはできるでしょうにね。)
自分も教える立場になり、大人の姿勢を見せる側になりました。
しかし、ふたを開ければ、間違いの連続です。
あるときはホワイトボードに書く漢字を間違え、あるときは問題文を読み違え、計算ミスをして・・・。
そういうとき、しっかり間違いを認めるようにしています。
「みんなが間違いに気付けるか試したんやーーー」
なんておどけてみせて、失笑を買うような発言をしないように気をつけています。
間違いは、謝って正す。
そんな姿勢を貫いていこうと思っています。
あのときのF先生のように、今朝の北國新聞の記事のように、誠実にいきたいものです。
過ちを改めざる、是を過ちという。
今一度、自戒の念をこめて。
西野でした。



