HEROに反論する③ | 空気を読まずに生きる

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弁護士 趙 誠峰(第二東京弁護士会・Kollectアーツ法律事務所)の情報発信。

裁判員、刑事司法、ロースクールなどを事務所の意向に関係なく語る。https://kollect-arts.jp/

第4話より--「飛田の跳び蹴り」による立証は許されない

今回も久利生検事のセリフより。
”目撃者の話によると、「その人は何者かにいきなり跳び蹴りされて、後ろにひっくり返っちゃったんです」って。それでその人は亡くなった。
「跳び蹴り!・・といったら飛田さんですよね。」ヤンキー仲間の間では超有名な話です”

ホームレス殺人の犯人が捕まっていないところ、別件のマンホール窃盗で捕まった飛田さん。この飛田さんは昔ヤンキーをやっていて、「飛田の跳び蹴り」というあだ名がつくくらい、いきなり跳び蹴りをして名を馳せていた。
それから数年後、ホームレス殺人が起き、その事件の目撃者の言葉が冒頭の言葉。

このシーンはまだ取調べの段階なので何とも言えないが、もし今後ホームレスを跳び蹴りしたのが飛田さんだということを示す証拠(誰かの話、防犯ビデオなど)がなかったら、「飛田の跳び蹴り」によって、ホームレス殺人の犯人が飛田さんだということを立証することになる。
そのような立証は許されるか。
答えはNOだ。

飛田さんがいかに跳び蹴りが得意で、ケンカになったら真っ先に跳び蹴りをする人だったとしても、ホームレスの人に向かって跳び蹴りをしたのが飛田さんだということには直接結びつかない。
そうなると、「飛田の跳び蹴り」からホームレスを襲ったのが飛田さんだということを結びつけようとしたら、

飛田さんは跳び蹴りをする人だ→そのような飛田さんはまた跳び蹴りをして襲うに違いない→今回跳び蹴りをして襲ったのも飛田さんだ

という過程を頭の中でたどることになる。
これを”性格立証”という。その人の過去の行動から、その人はそのような行動をする人だ(性格)を立証し、今回もその性格に沿った行動をしたに違いないから、今回の事件もその人が犯人だ、と考えること。

なんとなく正しいように思えるが、これはとても危険な考え方である。
過去に跳び蹴りをしていた人だからといって、また跳び蹴りをするとは限らない。
また、今回の跳び蹴りがその人の仕業とは限らない。
つまり、このような思考過程を経ることは、たまたま過去に跳び蹴りをしていた人を、誤って今回も跳び蹴りをしたと判断してしまう危険がある。
だからこのような立証は禁止されている。

禁止されているとはどういうことかと言うと、法廷で「飛田の跳び蹴り」の事実を出すこと、つまり昔のヤンキー仲間とか、元ヤンだった事務官の麻木千佳さんが「飛田はすぐ跳び蹴りをしていた」等と証言すること自体が禁止されるということだ。
なぜかと言うと、この言葉を聞いた瞬間、聞いた人は「飛田の跳び蹴り」から今回も飛田が跳び蹴りをしたんだろうと考えてしまうからだ。

これは何も私の勝手な意見ではなく、最高裁も平成24年9月7日と平成25年2月20日の判決で言っていることだ。

「前科,特に同種前科については,被告人の犯罪性向といった実証的根拠の乏しい人格評価につながりやすく・・・前科証拠によって証明しようとする事実について,実証的根拠の乏しい人格評価によって誤った事実認定に至るおそれがないと認められるときに初めて証拠とすることが許される」

今回の「飛田の跳び蹴り」は前科ではないが、飛田さんが過去にそのような行動を取っていたという意味では前科と同じだ。なので、この最高裁判所の言っていることは今回もあてはまる。
つまり、「飛田は昔から跳び蹴りをしていたから、今回も跳び蹴りをしただろう」というのは、「実証的根拠の乏しい人格評価」なのである。

この”性格立証の禁止”のルールには例外がある。
それは、最高裁の言葉を借りるならば、「前科に係る犯罪事実が顕著な特徴を有し,かつ,それが起訴に係る犯罪事実と相当程度類似することから,それ自体で両者の犯人が同一であることを合理的に推認させるようなもの」であれば、過去の事実、今回で言えば「飛田の跳び蹴り」の事実を法廷に出すことができる。
つまり、「跳び蹴り」というものが、昔跳び蹴りをしていた人と、今回ホームレスに跳び蹴りをした人が同一人物だといえるほど顕著な特徴があればいいということ。
なぜかと言うと、これが言えると”性格立証”にならないからだ。

けれど、今回のように、跳び蹴りをして人を襲う人なんて世の中にはいくらでもいる。
ただ跳び蹴りをしたというだけで、それは飛田さんだ、ということにはならない。

両方が同一人物の犯行だと言えるためには、その手口の特徴がまるで”署名をした”かのような特徴じゃなきゃいけない。

こう考えれば、”飛田の跳び蹴り”によって、ホームレス殺人の犯人が飛田さんだということを立証することは禁止されている、やっちゃいけないことだということが理解いただけただろう。

この事件は久利生検事がこれからじっくりと飛田さんを取調べするそうなので、どうなるかわからない。
久利生検事がじっくり取調べて、飛田さんが「自分がホームレスを殺した」などと自白をしたり、あるいは共犯者が「跳び蹴りをして襲ったのは飛田だ。おれは見た」などと供述をしたら、それらを根拠に飛田がホームレスを襲ったことを立証することはできるだろう。
だが、誰もそのような話をしなかったらどうなるか。
おそらく飛田が跳び蹴りをしてホームレスを襲ったということで起訴することはできないだろう。


ちなみに、冒頭の言葉で久利生検事が飛田さんに迫ったのに対して、飛田さんは「冤罪だ!」と言った。
その飛田さんに対して、久利生検事はこう言った。
”それダメですよ! 冤罪って言葉だけは簡単に使わないでください。ウチらもそこだけはすんげえ気をつけてやってるんで”

しかし、久利生検事が飛田さんに迫ったそのやり方、その発想、それは典型的な冤罪を生み出す発想で、やっちゃいけないことなんです。
久利生さん、あなたこそ”それダメですよ!”