わいせつ被害女性の住所漏らす…地裁が弁護人
2014年08月06日 14時40分 読売ONLINE
大津地裁で審理中の強制わいせつ事件で、同地裁の書記官が男性被告の弁護人に対し、秘匿対象となっている被害者女性の住所が記された書類を交付したことがわかった。
地裁はミスを認め、女性に謝罪した。
刑事訴訟法の規定では、裁判所は、性犯罪被害者の特定につながる氏名や住所などの情報を公開の法廷で伏せることができる。
同地裁によると、初公判前の昨年10月、女性の住所を秘匿することを決定。しかし、担当の書記官は6月の公判で行った女性に対する尋問の調書を、住所を伏せないまま被告の弁護人にコピーさせた。7月下旬、書記官がミスに気づいて書類を回収し、情報を伏せたうえで再交付した。弁護人は「被告に住所は伝えていない」としているという。
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このニュースを正しく理解する必要がある。
各紙の見出しは
朝日:「わいせつ事件被害女性の住所漏らす 大津地裁、被告側に」
読売:「わいせつ被害女性の住所漏らす…地裁が弁護人に」
NHK:「裁判所が被害女性の住所誤って渡す 大津地裁」
等々
これだけ見ると、裁判所はわいせつ被害女性の住所を知らない弁護人に、知らせてはいけないのに漏らしてしまったかのような書きぶりになっている。
しかし、全くの誤りである。誤導も甚だしい。
この事件では、わいせつ事件の被害者が法廷で証言し、その内容が記録された証人尋問調書が裁判所書記官によって作成されている。
この証人尋問調書に被害者の住所が記載されており、それを弁護人がコピーをして入手したのだが、この弁護人はこの尋問調書を見る前から被害者の住所は当然知っていたはずだ。
少なくとも、もともと当然知っているというのが、法律の決まりである。
刑事訴訟法299条には
「検察官、被告人又は弁護人が証人、鑑定人、通訳人又は翻訳人の尋問を請求するについては、あらかじめ、相手方に対し、その氏名及び住居を知る機会を与えなければならない。」
と定められている。
この被害女性は検察官が証人として尋問を請求しているわけなので、検察官はあらかじめ、弁護人に対してその氏名及び住居を知る機会を与えなければならないのである。
つまり、検察官は弁護人に被害女性の住居を教えなければならないというのが法律のルールだ。
この問題になっている事件では、被害者の氏名や住所など、被害者を特定できる事項を秘匿する決定が出ていたと報道されているが、これは公開法廷で明らかにしないという決定であって、弁護人に対しても秘密にするという決定ではない。
わいせつ事件だろうが殺人事件だろうが万引き事件だろうがどんな事件であっても、証人として法廷で尋問をする場合、その人の氏名、住所をあらかじめ相手に知らせなければならず、事件によっては秘密にしてもいいというものではない。
なぜかというと、法廷で証言をする人の証言が本当に信用できるのかどうかをありとあらゆる角度から反対尋問する権利が憲法で国民には保障されており、この反対尋問を効果的に行うためには、住所を知らせなければならないとされているからだ。
ここまで理解すれば、このニュースの読み方はかなり変わるのではないか。
性犯罪だから、被害者の住所が犯人に知られたら再び悲劇が起きるのではないか、それを防ぎたい。その気持ちはよくわかる。
しかし、これは刑事裁判である。裁判によって被告人の命や自由が奪われようとしている場面である。
どこの誰だかわからない人が法廷に出てきて、この人が犯人だと証言し、それによって命を奪われたり、自由が奪われることはあってはならない。自分がその立場になることを少しでも想像できれば容易にわかることである。
裁判所はその証人がどこの誰だか知っているのに弁護人には伝えないということはありえない。
なので、裁判所が証人の住所を弁護人に誤って知らせた、漏らした、ということ自体、ありえないことだ。
マスコミの報道は裁判の基本を全く理解していないことを露呈している。
このようなニュースを見ると、すぐに住所を漏らすのはけしからんという反応をしがちだが、それは極めて一方的なモノの見方でしかない。この事件は特にそういう危険が強い。
では、裁判所はなぜ非を認めて誤ったのか。
よくわからないが、おそらく証人尋問調書には住所を記載しなくてもよかったのに記載してしまった、配慮が足りなかった、ということではないかと想像する。
しかし、被害女性の住所は証人尋問をした時点で弁護人に知らせなければならない、これが法律のルールである。
マスコミはこういうことをちゃんと伝えるべきだと思う。