取調べ全面録画の行く末はミランダ | 空気を読まずに生きる

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弁護士 趙 誠峰(第二東京弁護士会・Kollectアーツ法律事務所)の情報発信。

裁判員、刑事司法、ロースクールなどを事務所の意向に関係なく語る。https://kollect-arts.jp/

昨今のさまざまな検察不祥事の影響なのか、取調べの全面録画が裁判員裁判対象事件を中心に始まっているようだ。

さて、この取調べの全面録画について、弁護人としてどのようなスタンスで望むべきか。
そして、取調べ全面録画の行く末はどうなるのか。

これまでは取調べの録画といっても、検察官が調書という名の作文を作り終えた後、被疑者に署名をさせるシーンのみが撮影されていた。これは一言で言えば、検察官の都合のいい場面のみの録画であって、署名シーンを録画されることによる被疑者のメリットは何一つなかった。
弁護人としては、署名をしないようにアドバイスをすればよかったし、録画については拒否すればよかった。

一方、最近始まったのは、取調べの最初から最後までの録画である。
この全部録画に対して、どのようなスタンスで望むべきか。
捜査段階で検察官に証拠を与えないようにするという観点を重視すれば、全部録画についても拒否するというスタンスになるだろう。

しかし、私は刑事弁護の行く末まで考えると、取調べ全部録画は応じるべきだと思う。
取調べを全部録画されるということは、被疑者がいろいろ話す様子が逐一記録されるわけで、その中で被疑者が供述すれば、仮に調書の署名を拒否したとしても、記録が残ってしまう。
つまり、調書さえ作らさなければ証拠にならないというこれまでの常識は通用しなくなる。
いわば、"自白動画"がこれまでの自白調書に取って代わることになる。
このような状況を考えると、被疑者を守る弁護人のアドバイスとしては、「黙秘」が第一選択になる。
何も話さなければ何も証拠が残らないのだから。

しかし、検事は被疑者が「黙秘します」と言って、「わかりました」と素直に引き下がるような人種ではない。検事はあの手この手で自白を迫るだろう。
例えば、「黙秘をします」という被疑者に対して、延々と質問をし続けて、その挙げ句、自白をしてしまう人も当然出てくるだろう。
その人が仮に調書の署名は拒否したとしても、検事は"自白動画"を証拠請求するだろう。

それでも、私は取調べの全部録画には応じるべきだと思う。
重要なのは、従来の調書では、いくら自白が任意のものではないと争ったとしても、その成果物である調書は、任意性があるかのような外観を整えていたことである。
調書からは任意性があるとしか思えない体裁になっていたことである。
裁判官は、「被疑者はいろいろ自白させられた理由とは言っているけど、最後は納得してサインしたんでしょ」と思うようになっている。

しかし、それが全面録画によって、自白に至る過程がリアルに明らかになって、これまでよりも遥かに自白の任意性を争いやすくなるだろう。
被疑者が黙秘する意思を明確に示しているのに、検事の質問攻めに遭って泣きながら自白をすれば、黙秘権侵害だと言いやすくなるだろう。

そして、このような事例を積み重ねれば、当然に巻き起こる議論は、黙秘権と取調受任義務の衝突という話だと思う。
取調べを受けることを強制されてしまっては、被疑者は黙秘権など行使できないのではないか。
黙秘権を保障するのであれば、被疑者はいつでも取調べを中断することができるようにしなければならないのではないか。

しかし、現実は、身体拘束されている被疑者が、取調べを受ける義務がないとすることはかなり困難だと思う。であれば、次善策として、被疑者の取調べに弁護人を立ち会わせろという話にならざるを得ないような気がする。

そう考えると、全面録画に応じることはミランダの会の再結成につながるような気がしてきた。

いま全面録画に応じなければ、自白調書にサインをしてしまったら任意性はほぼ認められてしまうだろう。
検察庁は、せっかく弁護士の希望通り全面録画を始めたのに弁護人が拒否するのであれば、全面録画なんてやーめたと言われるかもしれません。
検察庁が全面録画を始めたことはじつは千載一遇のチャンスのような気がしてきた。

全面録画に応じることで、中には黙秘できずに供述をして、それが有罪の証拠として使われてしまう事例も出てくるだろう。
しかし重要なことは、そのような黙秘をしきれずに供述してしまう様子をすべて明らかにすることだと思う。そうすることで、黙秘権侵害の常態化が明らかになるような気がする。

そしてそのことは、被疑者の取調べを大きく転換するほどのインパクトがあるような気がする。
そのときに備えて、ミランダの会が再始動する準備をしたほうがいいのかもしれない。

(ちなみにタイトルも内容も全て私見です。高野隆弁護士からの圧力など一切ありません。私が勝手にそう思っているだけです。)