雪女の姿は地域によって、
老婆や子どもとしての伝説があるのにもかかわらず、
なぜ若い美女として広まっていったのか・・・
それは、雪のもつ性質そのものが大きく影響している!
自然現象のなかでも、
雪はその変化のしやすさ(崩れる、重なる、溶ける、消滅する)から、
妖怪や妖しい現象を生むのには格好の素材であった。
江戸時代の妖怪絵師たちも、雪をテーマにした作品を次々と描いている。
こちらは月岡芳年 の『新容六怪撰』 平相国清盛入道浄海 という作品である。
図の左側、降り積もった雪が、目の錯覚によって大きな髑髏に見えた場面をとらえている。
だが、はたして、髑髏を見せたのはただの目の錯覚にすぎなかったのだろうか。。。
恐らく、精神の不安定さや気の迷い、心の弱さ、疑心暗鬼など
さまざまな要因が重なり合って、普段見えないものを
自然現象の中に見せたのだろう。
しんしんと雪が降り積もる、人里離れた雪山。
山へ行くのは、男の仕事であった。
人のぬくもりが恋しいのに、周りは雪だけの閉塞感。
そんな中、若いおんなを求める妄想や希望が、
雪山の中に美しい女性の姿を見せたのだろう。
しかし、その妄想が産んだ雪女の姿は、雪どけとともにすっと溶けて消えていく・・・。
はかない願望と、雪の溶けてなくなる性質がうまく絡まりあったのだ。
また、雪女は新潟県北魚沼郡などの地域では『雪女郎』と呼ばれる。
『百種怪談妖物双六』
右下に良く見慣れた雪女の姿が登場しているが、
「中河内の雪女郎」という名で描かれている。
女郎とは、江戸時代の売春婦、遊女、おいらんのことであり
または若い女性や婦人のことをさす言葉である。
いかに男たちが、寂しい雪山に女の姿を求めていたのかがわかる。
雪女の性格は冷酷で、男の精気を抜き、生き胆をとる恐ろしい存在として知られているが、
その反面、男の心をいやす拠りどころとしての役割もはたしていたのではないだろうか。
~つづく~

