シナリオを書いているあなたへのお手紙 for you 島ちゑ -2ページ目

シナリオを書いているあなたへのお手紙 for you 島ちゑ

シナリオ・センター大阪校代表取締役 小島与志繪 ペンネーム 島ちゑのブログです。

 日本映画のお父さん。一番に泛ぶのは『無法松の一生』です。疑似家族愛のお父さん。血気盛んで喧嘩っぱやい。それでいてやさしくてユーモアを感じさせ、律儀で純情な松五郎。坂東妻三郎さんがすばらしい演技をなさっています。

 大正生まれのわたしの父も大好きだった板妻さん。「ばんつま、ばんつま」と呼んでいました。みんなを楽しませてくれた、みんなに微笑みかけてくれた、みんなのお父さん、板妻さん。

 映画は1943年に公開されました。お父さんやお兄さんが戦地に赴いていた子どもも多かった時代。不在のお父さんの代わりに、あたたかい重心を心に与えてくれた映画です。

 伊丹万作氏のシナリオを拝読しました。見せ場の連続。陰陽のメリハリ。献身が必然として伝わる緻密な構成。勉強になりました。

 原作は岩下俊作氏著の『富島松五郎伝』。映画化にあたってのタイトルははじめ『いい奴』だったそうです。そのタイトルではのちに舞台、映画、歌謡曲へとヒットしなかったでしょうね。また原作は純文学として書かれたのですが、結果的には大衆の心に響くエンタメへ。

 別れぎわの松五郎のセリフ、原作は、「おれは淋しうて辛い。奥さんおれは……」と本当の気持ちを伝えられないでいます。ただただ慕いつづけ、想いつづけ、それでも別れはおとずれ…

 検閲でこのシーンは削除されましたが、1958年公開の復刻版(三船敏郎主演・稲垣浩監督・伊丹万作シナリオ・ヴェツィア国際映画祭金獅子賞受賞)では、「おれの心はきたないーー」と。奥さんを女性として視れずにいられなかった溢れでる恋心を泣きむせんで謝ります。

 世の中に気持ちを伝えられない人はたくさん居ます。そうならざるを得ない状況も多々あります。映画は気持ちのはざまに想いを馳せることの、人としてのたいせつさを教えてくれます。ぜひ、お父さんの映画をご覧くださいね。