【シナリオを書いているあなたへのお手紙 for you 島ちゑ】 お初③ | シナリオを書いているあなたへのお手紙 for you 島ちゑ

シナリオを書いているあなたへのお手紙 for you 島ちゑ

シナリオ・センター大阪校代表取締役 小島与志絵 ペンネーム 島ちゑのブログです。

 昨年十一月に国立文楽劇場で『近松門左衛門三百回忌・冥途の飛脚』を観ていましたとき、梅川忠兵衛の情愛の深さに泪がこみあげました。これから死にゆくというのに相手を慮る心。令和の今、相手を慮る心はどこへ消滅したのでしょう? 

 ふと作者の年齢が気になりました。『曾根崎心中』のときは五一歳。『冥途の飛脚』のときは五九歳。水上勉氏によりますと五一歳は、「世の人情の酸いも甘いも知り得、脂ののりきった年頃」。『冥途の飛脚』がしみじみなら、『曾根崎心中』からは華とパワーを感じます。

 酸いも甘いも、どのあたりに? 人物なら徳兵衛の継母。徳兵衛と奉公先の主の姪との縁談にあたり、継母は徳兵衛の気持ちも問わず、主から結納金をもらっていたのです。強欲な継母です。そのお金の匂いをいちはやく嗅ぎつけて騙し盗る親友の九平次。道行道中、通りがかりの店の二階から声高く聴こえてきた流行り歌「心中江戸三界」。


「どうで女房にや持ちやさんすまい。いらぬものぢやと思へども、げに思へども嘆けども、身も世も思ふまゝならず、いつも今日とて今日が日まで、心の伸びし夜半もなく、思はぬ色に苦しみに、どうした事の縁ぢゃやら、忘るゝひまはないわいな」 


 庶民を描く世話物。庶民は古今東西、生きてゆくのがたいへんなのです。やるせないのです。継母も九平次も嘆き叫びこそせぬものの、嘆きの必然性を根っこにかかえていたに違いありません。脇の濁った欲が配置されていることにより、お初のピュアが煌々と映えてきます。

 坂本龍一氏につづき小澤征爾氏がお亡くなりになりました。おふたかたとも存在そのものが多くの人の精神の芯を勇気づけてくださる方でした。「〝個〟をたいせつに」。小澤征爾氏のことばを胸に刻み…