むかし南座で昼夜通して松竹新喜劇を三階席で観たことがあります。忘れられないのはお客様がすすり泣く鼻の音が一階から三階へ、天井へと響くこだまに包まれた思い出です。館直志(二代目渋谷天外)先生の本でした。これほど多くのお客様が心底咽び泣く本を描かれるなんて…… 威力をまさしく体感しました。
先日、南座の『南座錦秋公演・松竹上方喜劇まつり』を観て参りました。茂林寺文福先生脚本の『一姫二太郎三かぼちゃ』と、館直志先生脚本の『お祭り提灯』。上方喜劇には俄(にわか)(即興的な滑稽劇)と人情喜劇の二種、系譜があり、その代表作の二編です。俄(にわか)はフランス語でfarceと呼ばれ、お肉やお野菜が詰められたパイ料理が語源。お客様の笑いと幸せと夢の元がいっぱい詰まっていると云う意味ですね。
『一姫二太郎三かぼちゃ』は実家で親を介護する末娘のお話。兄姉弟たちが都会で成功するなか、長年、田舎の実家で両親と暮らす末娘。もちろん我らが喜劇王の藤山直美さんが演じられます。親をたいせつに、その一心の生き方のなにが悪いと、意地と信念そして親への愛をみごとに演じておられ、本当に本当に格好良かったです! 多くの介護されている方へエールが。
『お祭り提灯』はてんやわんやの爆笑喜劇。祭の寄付金が入った財布の行方を巡り、舞台から花道へ、花道から舞台へ、走る走る提灯屋の店主、うら若き女将さん、寄付金集めの世話役たち。三林京子さんは提灯屋の女将さん。近隣婦人のちょっとした意地悪な噂に旦那様の浮気を疑心案義するお芝居が可愛らしくてチャーミングでした。艶やかな桃色のお着物も綺麗に結った髪も走る内に振り乱され、走る走る林与一さん演じられる店主のお着物も振り乱され、乱れゆくなかでの所作が本当に美しく魅入りました。
歴史ある上方喜劇の書き手、演者、貴重な裏方さんたち。人生を懸けて情熱を捧げられた上方喜劇のお父さんお母さんたちへ心から敬意を。


