私は何でも治せる治療家を目指していた関係で
さまざまなものに手を出した。
ヨガ、気功、滝行、護摩行、宗教、武道などなど。
結局、すべてが無意味だった。
無意味ではあったが自分の感性は磨かれていた。
先日、かぼちゃの土つくりをしているときに
突然、
「土に素手で触れてはいけない。」
という強いメッセージを受けた。
禅では「日常生活の中に悟りがある。」という。
まさにこのことかと思った。
昔の人たちは自然の声を聞けたのだろう。
だから自然に対し敬う心があった。
しかし、今はどうであろう。
人間はあまりにも傲慢になりすぎた。
農業をしていて無心になって作業をしているときに
何かしらのメッセージを受ける。
禅でいっていることをなんとなく理解できた。
悟りたい人、農業はいかがですか?
変な指導者につくより早いと思いますよ。