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沢山の収穫が出来た白菜もレタスも今日を最後に根元から切り落とす。

まさかの収穫に感動と感謝の日々だった。

今夜はスキヤキ風煮で太陽いっぱい浴びた白菜の味を楽しむ。

菜園の緑がピースとネギでちょっと淋しげ。


真っ白いカーテンで曇り空の眩しさを抑える。
ガレのライトが静かな雰囲気をつくるティータイムは、愛らしいカップで寛ぐ。
ハンガリーのヘレンドでポットとデミカップ、フランスのジョージボアイエのデミカップのコラボでフォートナムメイスンのティーが上手い具合に輪転する。

心地好い時は流れる。

数年振りの電話だった。
会うと徹夜で語り合うほど 広く、深く、思いのたけを語り合う喜びがあった。

差し上げた一枚のコピーから………会を立ち上げ、その発会式の案内だ。

数年前 愛読する人間学雑誌の誌上、気になっていた三人の学者が一同に「鼎談」となったのだ!
感動で打ち震えたことを思い出す。

「いま感性は力なり」
哲学者 芳村志風著
感動の余り その一部をコピーして大切な友へ渡していた、そのお一人なのだ。

その後 その友は東京の志風塾へ6年余り通い続けているという。

徹夜の会話や一部のコピーで 一人の友は真っ直ぐその道を歩いていたのだ。 何と嬉しいことだろう。

そこのあなたも この感動を味わってみませんか。
…………
「感性はひからびていく。
だから、もっと感性を能動的に働かせる訓練をする」
そのためには心を働かせること、
心を使うこと、
気を使っていくこと、
気とは気力のことで内から外へ向かって発射される心の働き、主体的な感性の作用です。
積極的に自分から感性や感覚を働かせて気を主体的に使って行動すれば活力はいくらも湧き出てくると思う。
気を使うことは、命を使うことであって、感性を磨くためには大事なこと。
感性を能動的に使うことによって我々は理性的知識では得られない物を見る目、人を見る目、価値への感覚やインスピレーションや知恵を開発していくことができるのです。
気というのは非常に東洋的な概念で気の力によって人間を倒すとか、病気を治すとか、気の持つ力がクローズアップされるが、一つの感性の力の表現です。
感性の中には命とイクオールになるほど無限の力が秘められている。
その秘められた潜在能力が感性を解放することによって一挙に噴き出てくる。
感性をよみがえらせ、感性を解放すれと、命の中にある潜在的な能力が発揮されるのです。
つまり、人間は理性的になればなるほど固定観念に支配され、そしてその固定観念を破壊する力は、再び感性に求めなければならない。
感性の中に調和作用、統一作用、合理作用の三つの作用がある。感性を回復することによって猛烈に働き出すと、ものすごく、人間美しくなる。
ところが理性を働かせすじると人間はだんだん醜くなる。
感性は全体であり、知性は部分であるという人間観をしっかり理解する。
もともと理性は感性に喜びを与えるため、つまり命に生き甲斐を与えるため存在する。
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「いま感性は力なり」より

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満開だ!
昼間の線香花火のように、愛らしく深いピンクの花が一斉に咲いた。
「カネノナルキ」も花がつくのとつかないのがあると知ったのは数年前。

知らなかった私に、その花を手折って来て下さった友。
花の愛らしさに感動しながら、夢中でスケッチしたのを覚えている。

そして、今年も春麗らかな今日の日和りに、一際愛らしく鉢から溢れるように咲いている。
頂いた友へ 感謝のメッセージを送ろう。

頂いたり、差し上げたりして上手く育った時は格別に嬉しく愛おしいものだ。

先日も「カランコエ」を北海道まで持ち帰って下さり、見事立派に育っていた写メール感動したものだ。
どれだけ大切に育てられたことかと、その方のお人柄がほのぼのと広がる。
花を咲かせる命も、
鳥を鳴かせる命も、
人間を生かす命も、
変わらぬ一つの命です。


初めて育てるピースのツルが、まるで 不思議なクイズのように重なり合いながら、柔らかい巻毛のような枝先で、上へ上へと伸びていく。
見つけました!
淡いグリーンの中に、ほっこりと花の蕾が二つ三つ。

童話作家のターシャも言っていたではないか。
……………
ティータイムをとり ゆったりするものよ。
見えてない 素晴らしいことに気付き、見えるようになるの。 素晴らしいことがね。…………と。