時間とは生きるということ。
そして人の命は心をすみかとしている。

時間を節約すればするほど、生活は細っていく。

ミヒャエル・エンデ「モモ」を思い返す。

いろんなところを広く歩き回る。
何をしててもいい、何か豊かになっているのがいい。
こういうことを「遊行」というらしい。

「いまここを生きる」ためにも、気ままに 心の求めるままに、変わらぬ自然がひっそりと佇むような所を歩き廻りたいものだ。
ドラッグストアへ行った時のこと、高々と積み上げた溢れる商品。

買い物ついでに、何となく見てまわった。

やはり、「水」の棚はガランとして「空」、「家族~本まで」と貼紙だけが目立っていた。

ベビーオムツも二個までと制限されている。
まだまだ 需給のバランスは厳しい。

たんたんとした日常生活を崩すことなく、自分のための消費を少しづつ減らして公共へまわそう。

道々の「モクレン」や「サクラ」がうらうらと長閑だった。
降り注ぐ日差しは、まるでレンズを当てて火をおこすように背中が熱い。

ルーフバルコニーでのことだ。

いろんな花が鉢からこぼれるように、庭いっぱいに咲き、笑い声は空に広がる。

花に囲まれてのランチは格別だ。

焼きたてのパンにパスタ、ダージリンティーをポットにたっぷり入れて。

真っ青な空の下で、ひと時震災や原発のことを忘れて、太陽のシャワーを浴びながらの舌鼓。