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モミジアオイが咲いた。

朝、起きると大輪のモミジアオイが全開して、朝日と向き合い仲良くおしゃべり。
「モミジアオイに恥じて目覚める大暑の朝かな」

数年前、岡山からその種子は届いた。

モミジの葉のような涼しげな美しい葉を付けスクスクと育っていた。

ある朝、真っ赤な大輪の花が力いっぱいに咲いていた。

予想だにしなかったことだけに、モミジに真っ赤な花が信じられなかった。

150センチはあるだろう、沢山の蕾を付け、しばらくはこの感動で朝が迎えられそうだ。
ぎゅっと生活時間を詰めて、読書の時間を出来るだけ沢山生み出す。

自然の海風や緑の風を受け、緑のそよぎを楽しみ、ゆったりと読書が出来た。

忘れかけてた言葉に出会った。
「かたよらない心、
こだわらない心、
とらわれない心、
広く広くもっと広く、
これは般若心経の空の
心なり」
(高田好いん)

いま ここに息づき静かに命の炎を燃やすべき人間学に心を注いでいきたい。


「無情なほどきびしい山仲間の世界の中の真実」
を突き付けられたような感動のまま、最後のページを読み終わったのは先日。

「孤高の人」、実在した登山家 加藤文太郎、大きな感動に浸った。
街路樹がギラギラと照り付ける太陽に耐えていた。
暑い一日だった。

博多駅は人でスクランブル、うごめいていた。
JRで福間までの切符を買う。

停まる毎に見る駅は開発で見事に様変わりして近代的になっている。

年に2、3回は訪ねる輸入家具店で歓談してる間に大雨となったが、爽やかに雨があがった時の広がる緑の田園の美しさに洗われるようだ。

「心広体はん光風せい月」を思う。


途中立ち寄った宮地嶽神社の石段を上り詰めての眺望は、参道から真っ直ぐ海へ突き抜けている。

津屋崎の海に 夕日が落ちようとしている。
海と空が一体となり、大舞台での演技が繰り広げられ、真っ赤に燃え尽きていくのを、バスから楽しみ、JRの車窓から楽しめたのは思いもかけない喜びとなった。