木漏れ日のする松林を歩く。
大地が音の全てを吸い取ったかのような静寂な松林。
木漏れ日が光りのメロディーを奏でているよう。

きっと、震災の地にも、こんな風景が至る所にあったろうに。

揺らして、津波で洗い流し、火で舐め尽くし、更に人災の原発の惨状………もうこれくらいにして下さい!

国民詩人と言われた「坂村真民」はどんな詩を作るだろうか。
「良寛」は悲しみの底から……災難に遭う時には遭うがよかろう……と言うのだろうか。

深い悲しみは消えない。
桜吹雪と新緑を楽しんだ「百道」。
花と新緑の並木が続く道の奥に福岡タワーは空にそびえる。

桜の花びらが舞い、新緑の香りがする。

何時間でも楽しめる「百道」は時に異国を感じさせる。

日本各地の物産が揃った店、「みちのく」が賑わっているという。

東日本被災地の生産物を求める人・人・人。
せめて自分にできることをしよう。
そんな人・人・人が絶えない。

天神の一角は「愛」の結晶。
心臓の鼓動のエネルギー。
一人はいう
政府に対する危惧、
一人はいう
国力の弱体化、
一人はいう
品質管理の悪さ。

そこで どうする?

忘れていたことを思いだそう!
震災を教訓に自然への畏怖、生命への尊厳を取り戻す時ということを。

記事を読んだ
「電気の足りない国で放射能に脅えながら暮らす。つまり我々は貧しくなるのだ。
よき貧しさを構築するのが、これからの課題。
今まで余りにも多くを作り、買い、飽きて捨ててきたのだから」