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「お訪ねするといつも‘たおやかな時間’に包まれて…………」昨日来訪下さった友からのメール。
<たおやかな>なんと美しい言葉だろう。
日本人が日本人たらしめる美しい言葉が失われていく今日、心に響く言葉だ。
微笑み、門送り、等などいいなぁ。

弾けるような新鮮な菊と薔薇の花束を抱えて訪ね来た今日の友はゆっくり出来るという。
おまけに、立派なお弁当まで抱えて一緒に頂きましょうと。
サラダたっぷりにヨーグルトと紅茶のブランチでまってたのだが。
多忙な彼女は夕食も共にし、8時過ぎまでゆったりと楽しんで癒されたようでよかった。

合間に約束の布団やさんが見え、気になっていた眠っている幾枚かの布団が一ヶ月後に生まれ変わって出来上がってくる。
両親から受け継いだ昔のいい綿は活かしていきたいもの。
世の中は4R(リサイクル、リユーズ、リデュース、リフューズ)が盛んではないか。
真綿とシルクで出来た布団を見られ、滅多に見られないよい布団、羽毛布団もお褒め頂く。
休眠布団が最高の洋敷布団に生まれ変わり、押し入れもすっきり整理整頓ができた。

気になることを思い続けているとタイミングよくキャッチする気持ちと重なり、無理なくスムースにいい縁で完了していくものだ。
水の流れのように。

薔薇の香漂う秋の夜更けに。
漆塗り懐石膳をこの秋初めて出す機会を得る。
急に冷え込んだ今日、友の来訪を受ける。
懐石料理で歓待したくなった。 昨夜からイメージした一品一品を朝から準備、といっても日常の献立に心意気を折込みながら懐石料理を作っていく。 茶花を生けるように、ちょっと澄ました品格を添えながら………、なんと楽しい時間を頂いたことだろう。
南天の葉を添えると懐石膳はできあがり、抹茶の準備もできた。
来客を心待ちする時間は楽しい。お客がお重の蓋を開けた途端の感動が嬉しい喜びとなって話も弾む。
至福の時が流れる。

数日前の武雄の旅で「日本の宿百選」の一つで頂いた懐石料理の感動、雰囲気にすっかり魅せられ、懐石料理ムードで迎えたかった。

急に冷え込んで外は強い風、午後の歓待の部屋はガレの淡い光りに包まれ、穏やかに時が流れた。
最終的には自分が今日をどう生き抜くか、明日はどう生きていくか、どうやって死ぬまで充実した人生を送っていこうかということに繋げなければ意味がない。 生き方に繋がらない読書は全くナンセンスと思う。

人間は宝探しで生きているのではないか。
その人にとって何が宝であるかは違うが自分が宝だと思うものを生涯をかけて探し回る。それが最も人間的な生き方だという気がする。

先賢はその宝探しの途中で自ずから現れてくるだろう。一人でなくていい。ドストエスキーのこういう面、老子の、シェークスピアの面と全て自分の中に取り込んで、総合させ自分をつくっていく。 それが一番充実させる道ではないか。
とにかく探すことを諦めた人生は意味がないと思う。
哲学者の森本哲郎は言う。
また、鈴木秀子著「奇跡の人智子ちゃん」では、
智ちゃんは心の中の空虚さを満たす為の気晴らしや野心とは無縁です。ただ生きているだけで、いのちあることの素晴らしさを無心に人に伝えてくれる。

数年前に読んだ時の感動が思い出される。
智ちゃんと出会う人はことごとくその不思議な素晴らしさに魅せられ、気付き、幸せになっていくのだ。勿論、実話である。
人生とは………思い巡らす秋の夜。