「かりそめに死者二万人などといふなかれ
親あり子ありはらからあるを」
この溜息も、憤りも、いまだ過去にはならず、現在進行形であることがやりきれない。
とある今朝の新聞。

つらいことに、その痛みは広がるばかりだ。


今朝、通りがかりに語りかけられた老紳士。
太平洋戦争や福岡空襲、そして火事にあう悲惨が続いたが、昔は「人情」があった。

その「人情」で今があるのだと、しみじみと話される。

今回の震災、原発事故を思われてのことだったのでしょう。

川沿いの日差しは眩しく暖かだった。
高菜の収穫が終った。

プランター3つに苗を植えていたら、みるみる大きくなり濃い緑の野菜が何回も収穫できたのには感動・感謝。

「土づくり」をした。

捨てる土はないと聞くが、「なるほど」と納得する。
まるで糸の絡みのような根を古い土から取り出し、土をほぐして石灰を混ぜ、太陽に当て、混ぜて酸素を取り込むのです。
肥料を入れ、一ヶ月ほどすると土は再生される。
さぁ、次は何を植えましょうか。

今は「水菜」と「葉レタス」がよく繁って、毎朝の収穫が楽しみ。

土さえ肥沃につくれば、苗が元気でさえあれば、ぐんぐん成長する。

植物も人も同じなのですね。
やはり、自然との共生なのですから。
ひょうが降った今日福岡は14度の寒さ、寒暖の差がはげしい。

クローゼットから取り出し、冬から夏服まで着たり脱いだり、世界各地の気候が入り交じっているようなこの頃。

オーストラリアの旅では、昼間は海水浴を楽しんでいたのに、夜になると防寒コートを着るほど。
一日で春夏秋冬を巡ることに驚いたものだ。

最近の日本でも、あたふたと気温の変化についていくのが忙しい。

いろんなことが、少しづつ変化しているのだ。

自然と「共生」出来るような心を大切にしよう。