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「養生酒」を頂いた。
養生の為のお酒、甘く美味しいはずがない。
ちょっぴり苦い19℃のアルコール。
和気あいあいと顔を歪めながら、養生塾茶話会で頂く。
貝原益軒の「養生訓」を学ぶ席で「養生酒」を頂く、贅沢なことです。
感謝、感謝。

「心のスイッチ」
人間の目は不思議な目
見ようという心がなかったら 見ていても見えない人間の耳は不思議な耳
聞こうという心がなかったら
聞いていても 聞こえない
頭もそうだ
はじめからよい頭わるい頭の区別があるのではないようだ
「よしやるぞ!」と
心のスイッチがはいると
頭も
すばらしい はたらきを しはじめる

心のスイッチが 人間を
つまらなくもし すばらしくもしていく
電灯のスイッチが
家の中を明るくもし くらくもするように

東井義雄作
「おかあさん」。
「おかあさん」。
ありがとう。
私には二人の母がいる。
私が産まれて4才で亡くなった母、
6才になった時の新しい母。
「おかあさん」と二人の母に呼び掛けると、いつも感謝で涙が溢れる。
いつものように朝風呂の後「おめざ」を頂く。
リビングの鏡の前で、姿勢を正して、「大好きよ、今日も宜しく」と鏡の自分に微笑み返す。
ここにある自分の源、二人の母に呼び掛ける。
「おかあさん」
「おかあさん」
心深く静かな清々しい今朝の心の風景です。

楡の樹冠はそよぎ、蝉時雨は命の限りに…………
蝉時雨に混じって時折小鳥のさえづり。
今日も心豊かな時間の旅路。

書斎でしばし机に向かった後ゆったりブランチをする。
ニュースでは山の遭難が痛々しい。
お琴の前に座って一時間近く、ランニングの後のようにビッショリ汗が流れる。
力強く、リズムの早い曲の後はシャワーを浴びて、爽やかな自然の風に吹かれると充実感に満たされる。
昼下がりには紅茶を共に楽しみの読書です。

「あの人」 相田みつを
何人か集まれば
あの人はいつもお茶当番
立居振る舞いは控え目だが
身のこなしの早いこと

話が始まればいつも聞き役
やさしい微笑みをたたえて
大きくうなずくだけ
あの人はいつの集まりでも
自分ではほとんどしゃべらない
しゃべらないけど明るい
栃の木の、あの大きな葉のように

そして――――
しゃべらないあの人がいないと
なんともつまらない
その場がさびしい

「話し上手より聞き上手」
聞き上手のチャンピオン
それは観音さま
あの人はみんなの観音さまだ
ひんやり甘い水ようかん、真っ白い優しい口当たりのブラマンジェ
冷菓が美味しいティータイム。
曇天の午後、「詩と詩集」の講座参加を迷いつつ、手作りおやつに精を出す。
水ようかん、ブラマンジェ、ついでにカスタードもたっぷり造り込む。
ティータイムにはやはり手作りが一番!

ワクワクと実りを楽しみにしたちっちゃな菜園。
トマト、胡瓜の収穫は毎日楽しめた。 胡瓜は細ってきたが、トマトはまだまだ小さいながら毎日収穫。 ブランチの野菜サラダに毎日沿えられること驚きである。感謝、感謝

夕暮れて、バルコニーの藤椅子に寝そべると、広い空に大きな濃淡の雲が静かに流れる。
「小鳥の歌」千家元まろ
俺はきいた
空をすぎゆく小鳥の歌を
その合唱をきいていると
自分は涙ぐんだ
神のために歌われている気がした
自分は心に喜びを得て歩いた
静かな静かな空に
その歌は喜びを伝えていた
自分はこの無窮の天地に
生まれたものの淋しさと喜びを味わった

何でもない日常に「幸せ」に満ち溢れるような時がある。
「旅上」萩原朔太郎
ひらんすは行きたしと思えども
ふらをすはあまりにも遠し
せめては新しき背広をきて
きままなる旅にいでてみん。
汽車が山道をゆくとき
みぢいろの窓によりかかりて
われひとりうれしきことをおもわん
五月の朝のしののめ
いら若草のもえいづる心まかせに。