SCan“風の旅”-画像0007.jpg


夏と秋が交互に入り混じりながらやってくる最近。
外出の折りは戸惑うことがよくある。
思いっきり、毛皮にブーツも季節先取りでお洒落?
昼間の日差しはまだまだ強い。
思いっきり軽やかに、夏の日差しにあわせようか…………。
迷いながらも、セレクトする楽しみがある。

日本の四季も季語も、五感を澄ませておかないと、
どこか薄れいくような気もする。


思えば、オーストラリアに旅した時のことだ。
昼間はビーチで泳いでいるかと思うと、
夜はコートでも寒いほどに冷える。
一日のうちに四季があり、
洋服入れ替えの必要はないようだ。

めぐり来る四季のお陰で、美しい日本、
美しい日本人が磨かれてきたのではなかったか。

研ぎ澄ませた感性で、日本の良さを再認識、
寄り添って生きていけるよう、努めていきたいものである。

外出して帰ると、まずほっとする入口がある。
四季により美しく表情を変えて楽しませてくれる。
森に吸い込まれていくように大木のトンネルを抜けて家に着く。

今は虫の声声、大合唱が湧きあがってくる。




SCan“風の旅”-画像0009.jpg

「われわれはどこからきたのか、
われわれはなにものか、
われわれはどこへいくのか」
国立近代美術館の「ゴーギャン展」へ行ったので絵葉書送ります。
又、
毎朝の目覚めの読書「ロマンツァー音楽世界めぐり」は
―――南太平洋――タヒチではゴーギャンを読む。

そんな時、昨夜のテレビで幸いにもたっぷりと、
ゴーギャンの人生、作品、思想などが生まれたチリからフランス、
タヒチと現地を訪ねながらのドキュメントに釘付けになる。
チリで生まれたゴーギャンはフランスに合わないことから、
自分を「野蛮」という意識を持ち続けていったことも
絵に表現されていることを知る。

大作の「われわれはどこからきたのか……………」、
十人の人物がバラバラに描かれながら、一つ一つに繋がっている。

画家も音楽家も、その人物を知っていくことは、とても興味深く、
沢山の物語が秘められ、考えさせられる。

こんなに偉大な画家も、生きてる間には作品は認められなかった。
死ぬか、生きるかのどん底での大作というのに。

その時代に認められず売れなかったからこそ、
崇高な作品となっていくのだろうか。


SCan“風の旅”-画像0009.jpg


爽やかな風、優しい光、
朝の太陽を浴びながら、
二階ガーデンでお抹茶を頂く。

自然のあらゆるエネルギーをまとったように、
軽やかで爽やかな気分に満たされる。

すかっと晴れた今日の空のブルーのシャツを着て、
ヨーガへ向かう。

ヨーガ教室の窓からの景色が好きだ。
その窓から見える楠の大木を見ながら
こっそり精神統一する手助けにする。
どっしりと揺るがぬ雄姿に学びながら、
安定したポーズを決める。
楠の雄姿をイメージして瞑想の時がながれる今日。