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朝夕、冷えるとはいえ、昼間は汗ばむほどのこの頃、
外出が重なり地下鉄を利用することが多いのだが、
休憩しようとクールルームに入るや、ムッと熱い、「暖房」なのだ。

広いルームなのに誰も入らず、列をなして立っている。
これでは入れないだろう。
内情がどうであれ、画一的なやり方に呆れてしまう。

「もったいない」という日本には美しい言葉があると、
ある外国人は讃えているのに。

姪浜駅の美しいマークが何故か色褪せて見える。


とてもフレッシュに思える人達がいる。

傾聴ボランティア養成講座の聴講生の方々の目の輝き、
ムンムンするほどの熱心さ。

その姿に喜び、感銘を受けながらの二時間の講義。
終ってからも熱心に質問される。

傾聴ボランティアとして、よいスタートを切られる時が楽しみである。





大木が見事な雄姿で天にそびえてる。

窓から見えるこんもりした森の崖っぷちに、
苔むした大木の雄姿が余りにも美しくみとれてしまう。
養成講座の教室に通って数回になるのに、
今日、気付かせて頂いたことは幸せだ。

大木の幹の雄々しさが好きだ。
古木を巡る旅をしたいと思う。

大木に会うと恭しく手をまわし、耳を当てる。
大木の鼓動が聞こえるようだ。
大地から、天からのエネルギーが大木を通して伝わる。

大木の幹に耳あて小半日
かたき皮をば
むしりてありき
いしかわたくぼく
学生の頃に父に教わった たくぼくの詩の一つだ。


近くの川辺にお地蔵さんがある。
お地蔵さんに寄り添うように大きなセンダンの木がユサユサと繁り、
大邸宅のようだ。

幹の高さの三倍は根を張る大木の力強い姿は、
根源・培根・万物一体 と思いが広がる。
儒学者である師の深い教えを思い出す。

自然に対して、大木に対して、
古木になればなるほど畏敬の念に溢れる。




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夢中になって半日、食事をとるのも忘れていた。

ガーデンで夏に華やいだ花ばなも、
木々の紅葉に合わせるように、色あせていく。
そんないくつかの鉢を片付け、
新たに買い求めた大鉢等の土づくりをする。

来春、ガーデンが花いっぱいになるのをイメージしながら奮闘する。

一年の計は穀を樹うるに如くは莫し。
十年の計は木を樹うるに如くは莫し。
終身の計は人を樹うるに如くは莫し。
中国古典「管子」

一年の計を立てるなら、その年に収穫できる穀物を植えるのがよい。
十年の計画を立てるなら、木を植えるのがよい。
一生涯の計画を立てるつもりなら、人材を育成することだ。

土をいじる今日、そんなことを思う。


ふと気付いたことがある。
シンプルで美しいデザインの地下鉄駅マーク。
講座で東区へ行く回数も増えたこの頃、
地下鉄筥崎宮前のガラス張りのクールルームに、
すっきりと鳥居のマークが一際美しく浮き上がる。