国分太一さんがコンプライアンス違反で番組降板から
無期限活動休止になったことについて、これまで
何が起きてきて謹慎になったかわからないけれども、
ハラスメントが問題になっていたのであれば、
日頃から信頼関係を築けていれば回避できることも
あったのではないかなと思った。
NEWSポストセブン
たぶん、国分太一さんを取り巻く環境の中に、
信頼関係が築けない人が多かったのでは
ないかなと思った。
国分太一さんのキーボードの弾き方を見た時に、
弾けるフリではなくて、きちんと基礎を積んで
コツコツと努力して到達したのがわかったので、
適当に見栄えだけ良くするタイプではないのを感じた。
何事もストイックに取り組む職人気質のような面が
あるとすれば、それが悪い事ではない。
中居正広さんの問題も国分太一さんの問題も、
「そこに愛はあったのか?」と思う話で、
もし以前から当事者間で信頼関係があれば
気持ちの行き違い程度のことで、きっと
「コンプライアンス違反」という紋切型で、
テレビ業界から追放されるようなことは
起きなかっただろうと思う。
信頼関係のない相手に対して乱暴な態度を取るから
社会的な問題になり制裁を受けることになる。
時代が変わって、厄介者は切り捨てろという流れに
変わってきたので、企業にとって不利益になる
アイドルをいつまでも置いておく必要がなくなった。
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一般社会でも、信頼関係が築けていないなかでの
言葉の行き違いはモラルハラスメントになりやすく、
人それぞれに育ってきた環境の違いも左右するので、
まともな話であったり、その人のことを思って
良かれと思うような行動であっても、行き過ぎれば
モラルハラスメントになりかねないことは起きる。
人間なんて何歳になっても未熟で成長しないので
清廉潔白な人であることのほうが難しいけれども、
さまざま失敗を犯してしまっても、どこかで
許されることがあるとすれば、謝るべき相手に対して、きちんと過ちを認めて正直に謝ることが大事だし、
言葉が行き過ぎることがあったとしても、
日頃から信頼関係が築けている事が
すごく重要と思うことが多い。
たぶん、そういうことが全くなくて
自己中心的に自分の価値観だけを
周囲に押しつけて物事を進めてしまうと、
ある日突然、切り捨てられて仕事を失い、
行き場を失ってしまう時代なのだと知った。
弱者が声に出すことができるのは良い時代に
なったと思うけれども、人と人との関係が
希薄で冷徹と感じるようにもなった。
昭和時代を生きてきた私にとって、
今の社会は言葉の使い方が難しくなり
人との距離感が難しい時代だなと感じるようになった。
