わが子といってもピアノ教室の小3生徒さんの話で

「最近、ピアノを弾くことに飽きたからやめたい」

と思っているそうで、ママからご相談を戴いている。

 

ピアノ教室が面倒くさくなっただけでなく、

最近、スイミングもイヤになり退会したそうで、

何もかもが面倒くさいというのが根底にあって

何もやる気が起きず面倒臭いことはやめたいらしい。
 

「ピアノレッスンに飽きた」のイヤイヤ期が

今のところ、どれだけ続くかわからないけれど、

今やめると、「飽きてしまえばやめられる」と

何ごとも長続きせず、中途半端に投げ出す人に

なりそうで心配なので、しばらく様子を見ながら

「怠けてもいいからスローダウンして続けてみよう」

と、ゆるゆるレッスンをしている。

 

本当に身体が疲れていて面倒くさいのか、

他のことに興味の対象が移ったのか、

2歳の弟さんがママベッタリの時で、

ママを困らせてどこか安心して、まだかまって

もらいたいお年頃かを見極めているところ。

 

ヒマワリ        ヒマワリ        ヒマワリ

 

 

誰でも気分の乗らない時はあるもので

つまらないけどダラダラと続けて行った先に、

ほんのわずかのおもしろさを発見した時に、

楽しくなることはあるので、それに期待したい。

 

やめるにしても、節目までは続けてもらいたい。

 

 

学校の勉強や宿題、習い事や塾など、、

子供さん自身が、自ら好きで始めたことでも

強制的に感じる日もあるのかもしれない。

 

それでも、面倒くさいことをイヤイヤでも

続けることには意義がある。

 

上達をしたり、良い成績を取ることよりも

もっと重要なことがある。

 

好きでもないことでも、とにかくやり続けて

「根気」を習得することにこそ価値がある。
 

 

結局、幼少時代から面倒臭いことから逃げていると、

自分にとって都合の良いことしか受け入れなくなり

大人になってから、飽き性な性格は治せなくなる。

 

気に入った仕事に就いても、少し不満があると

数か月で辞めてしまって、次々と職を変えても

どれ一つ長続きせず何も見出せなかったり、

責任のかかることに関わるのが怖くなる。

 

最近、若い母親のネグレクトや虐待報道も多いけど、

飽き性な人が結婚してお母さんになった時に、

家族にご飯を作るのが面倒くさくて疲れた、

子供の世話に飽きてしまった、遊んで暮らしたい、

強制的に感じることは煩わしいからやめたい

そう思っても、投げ出すわけにはいかない。


大人社会では、全てのことが飽きたでは済まされなくて

忍耐強く繰り返し続けることができないと

まともに社会生活が送れなくなってしまうこともある。

 

「学ぶ」というのは、勉強や技術を学ぶだけでなくて

大人になる過程で、日々の繰り返しを習慣化したり、

飽きたからといって逃げ出すのではなく、きちんと

何かを始めたら最後までやり通す忍耐強さも

学びの中に入っていると思う。

 

だから、生徒さんには「『飽きたらやめる』では

ピアノをやめる理由にはならないよ」と話している。
 

 

 

わが子のイヤイヤ期

 

 

 

 

 

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