植えて3年目にモッコウバラが咲いた
去年までは、数えるほどしか花が咲かなかったのが
今年3年目で、ようやくそれなりに花が咲き始めた。
肥料を与えずに放置した方が沢山の花をつける。
木に栄養が良すぎると葉が増えてしまい蕾はつかず、
木が飢えると子孫を残そうとして蕾をつけるのを知って
9月頃から肥料を与えず放っておいた。
何年か前に、グーグルがストリートビューを開始した頃に、
庭の洗濯物を撮影されてしまい、それがずっと載っていて
恥ずかしい思いをしたことがあった。
あれ以来、フェンスにツル性植物を植えて庭を隠そう!
と思い立ち、2本のモッコウバラを買ってきて植えたら
その後からは、二度と同じ場所からの撮影はなくなった。
庭先の花を見ていると、新型コロナの感染拡大で
張りつめた日常から少し開放されたような穏やかな気分になる。
最近、ショパンやモーツァルト、シューベルトなど
昔の作曲家の多くが短命だったことを考えるようになった。
幼少の頃に亡母が、「お母さんの子供の頃は結核って不治の病で、
かかったら助からないほどの恐ろしい病気で隔離されていたんだよ。
今、助かる病気になったねぇ、医療は日進月歩。必ず新薬は開発される。
だけど未だに風邪に効く薬はないからね」
なんてよく話していた。
何百年も前から、伝染病や疫病は繰り返し起きてきて
偉大な作曲家たちは、作曲をしては過酷な演奏旅行に出かけて
やっぱり、その時代の流行りの伝染病にかかって命を落とす
ということがあった。
偉大な作曲家達は、その若さで命を落とすと想像もせずに
それらの素晴らしい見事な作品を遺したのだろうけれども、
何百年経っても色褪せない作品の演奏研究をしながら
ふと、作曲している間にも美しい作品の裏側では
病と闘う恐怖や苦しみやら効かない薬を飲んで身体中を蝕んで、
身もだえるような地獄を味わっていたのかなぁと、
変なことを考えるようになった。
今、ショパンのバラード作品の演奏研究をしているけど
ショパンて結核だったっけ?肺を患っていたよなぁ、、、
よくこんなエネルギッシュな作品が生まれたなぁとか
命削って書いてたんだと、、
そんな気持ちで弾いてみると、
少しだけ、ショパンに近づけたような気がした。
今、新型コロナほどの病気がまん延していなかったら
そんなことは考えずに作品を眺めていたと思う。
今、新しい時代になっても、やっぱり新たなウイルスが誕生して
世界中で悪さをして多くの人を苦しめるし、必ず助かるほど
万能な特効薬があるわけでもない。
新型コロナウイルスを身近に脅威に感じるようになってから
大昔から、そういった伝染病は繰り返されてきたのを実感する。
と、たまにそんなことを考えながら音楽を勉強すると
今までと少し違った感覚で楽譜を眺めている自分に気づいた。