7月13日に肺炎のため入院していたが、9日に容態が悪くなり
18日、午後1時40分すぎに死去した。 85歳だった。
金氏は、民主主義の救世主になったことで知られているが、
1970年代、80年代には光州事件で国家反逆罪に問われて
死刑を言い渡された時期もあったが、アメリカに亡命した。
その後、世界に向かい韓国の民主化を訴え続けてきた。
韓国軍事政権が、金氏の故郷の光州で立ち上がった民主活動家達を
弾圧し数百人を殺害したため、金氏は韓国に帰国することを決意した。
そして大統領に就任した。
金大中氏の政権は1998年から始まったが、北朝鮮に対する太陽政策を
打ち出したことでも知られている。これをきっかけに、北朝鮮との友好的な
政策の幕開けとなった。
2000年には、分断後初の南北首脳会談を実現させた。
過去にさかのぼれば、韓国と北朝鮮1950年~53年まで朝鮮戦争で戦ってきたが
何百家族もの離散家族を50年ぶりに再会させるなど、取り計らってきた。
金氏は、民主主義の救世主になったことで知られているが、
こうしたことが高く評価を受けて、ノーベル平和賞を受賞した。
金氏は、最後まで北朝鮮とは敵対せずに友好的な立場を主張しつづけた。
しかし、その裏では北朝鮮に対して5億ドルの送金があったのではないかと
裏金疑惑が持ち上がった。