2 章
1、盲人の泉
あれから、ペレアスは旅立ちたいと思いながらも
周囲からの反対もあり、なかなか旅立てないままに
日が過ぎていきました。
その日は、城の庭の木陰にいても蒸し暑くてたまらず、
ペレアスはメリザンドを誘い出して、城の庭から抜け出し、
獣道をたどり、どんどん森の奥へ奥へと進んでいくと
古い泉のある場所にたどり着きました。
その泉は、昔「盲人の泉」と呼ばれていた奇蹟の泉で
その泉で目を洗うと目が見えるようになる効用があると
評判になり、多くの人たちが目を洗いに来ておりました。
ところが、この国の王が盲目同然になってしまって以来は、
誰も来る者がいなくなったという伝説の泉でした。
メリザンドは菩提樹の陰にある大理石のふちに腰かけて、
泉の底を覗き込むように、身を前に乗り出しました。
濃く深い緑色をしており、その底を探しても見えそうには
ありません。
ペレアスは、その姿を見て危険だからと片方の手を
持って支えていてあげようとしたところ、それをよけて
メリザンドは、両手を冷たい泉の中に入れて奥へと伸ばし、
まるで水と戯れる精霊のように、とても心地良さそうにしていました。
その美しい容姿に、ペレアスの心はすっかりと奪われてしまい、
魂を吸い寄せられるように、彼女に魅かれていきました。
メリザンドのブロンドの編みこまれた長い髪が、
泉の中に漬かってしまいました。
兄があなたを見つけたのは、泉のほとりだったんでしょう?
ええ、そうよ
兄は、あなたに何を言ったんですか?
さぁ、もう忘れてしまったわ。
あの方が、近づいてきたので近寄らないでと言ったわ。
なぜ、いやだったの?
それは・・・
あらっ? 水の底に何か走ったみたい・・・
危ないから気をつけて、落ちてしまうよ。
さっきから、何をおもちゃにして遊んでいるんだい?
ふふっ・・・
あの人のくれた大切な指輪よ
それ、そんなことをしていては失くしてしまいますよ。
ほら、日光に当たってきらきらしている、ああ、
そんな高くに放り投げては駄目!・・
あら・・・・・・・・
落ちたの?
ええ・・・
落ちたみたいだわ、
泉の底に・・・
どのあたり?大変だ
あそこに光っているようだけど・・
きっと、あの光っているのは違うわ。
別のものよ。
もう見つかりませんわ。。 ただあるのは波紋だけ・・
さぁ、どうすればいいのかしら?
ペレアスは慌てて指輪を探そうと泉をのぞき込みましたが、
メリザントは首を横に振り、もう探さないで欲しいとお願いしたのでした。
その波紋の広がりは、二人の将来の行方を暗示しているようでした。
はるか遠く水底に 故国ありても 戻られぬ 泉で戯る水の精霊
空高く放り投げた 金色の 指輪に光る 涙のしずく
ゆっくりと 泉の底に沈みゆく 渦の波紋 心にひろがる・・・
正午の鐘が鳴るのが聞こえ、いつまでも、ここで二人して
遊んでいるのが見つかってはまずいと城に戻ることにしました。
夫が指輪のことを尋ねてきたら、どうしましょう?
本当のことを、ありのままを言うしかないでしょう。。。