大人が子供に対して…

 

先生が生徒に対して…

 

上司が部下に対して…

 

 

 

「なんで?」

 

「どうして?」

 

 

 

を、聞く場面って数多くありますよね。それこそ日常茶飯事ではないですかね?

 

ミスや失敗があったとき、間違いやエラーが起こったとき、その原因や要因を探るために、「なんで?」「どうして?」と問いかけます。

問われたほうは、その原因や要因をつかんでいることがほとんどです。でも、「なんで?」や「どうして?」と聞かれたときに出てくるのが、=原因・要因とは限らないのです。

 

 

 

「なんで?」(笑)

 

 

 

「なんで?」「どうして?」と聞かれると、『相手が納得してくれる回答』を探そうとします。原因や要因そのものよりも、相手がいかに納得するかを優先します。

 

つまり

 

言い訳を探すことになります。

 

 

例えば

 

【宿題をしてこなかった生徒 (原因:すっかり忘れていた)】

 

「なんで宿題をしてこなかったの?」

 

「…。(忘れていた、では納得してもらえない…。)」

「家の手伝いをしていたり、読みかけの本を読んでいたら時間が無くなくなりました…。」

 

家の手伝いをしていたことも、本を読んでいたこともウソではないのかもしれません。ただ、宿題のことをすっかりと忘れていたことは口にせずに、別の理由で相手に納得してもらおうとしています。

 

 

これは、あくまで一例です。

同じような場面は、学校でも職場でも起こっています。

 

 

 

 

 

人間が人間である以上、失敗やミスや間違いやエラーはあって当然。忘れるということも然り。

原因を追究することは重要ですが、本人に追及しても既に起こっている事実は変わりません。それならば、本人とともに「次はどうするか」を追求したほうがよっぽど効果的です。

 

本人が言いたくない原因を聞き出すことに時間をかけるよりも、本人が理解している原因について本人自身がどう改善するかに時間をかけたほうがいいのではないでしょうか。