ここは来賓用の部屋。簡単に部屋の真ん中にソファー2つが低いテーブルを挟んで配備されている。
「ここも日本か。」
1人の男が窓辺に立ち華やかな迎賓館の舞踏会場を眺めている。その表情は怒っている訳でもなく、冷めている訳でもなかった。ただ何とも言えないのである。
「飛鳥! 久しぶり!」
その時、客間に陛下がやって来た。友人に会えたのが嬉しかったのか、笑顔で陛下は現れた。舞踏会場で不服そうな表情を見せていた態度とは180度違った。
「陛下、ご無沙汰しております。」
陛下に渋井と呼ばれた男は普通に白いカッターシャツを着て、黒いズボンを履いていた。陛下に深々と頭を下げて礼儀よく挨拶する。
「やめてくれ!? 俺たちは友達だろ!? 2人の時は、昔みたいに一条でいいよ。」
陛下は友達に会えたのがよっぽど嬉しかったのか、まるで学生のように喜ぶ。
「わかったよ、一条。」
陛下の友達の飛鳥も久しぶりに会えたのが嬉しいのか、ついつい口元が緩んで笑っているように見える。
「さあ、座ろう。今日はゆっくりと話そうじゃないか。」
陛下は先にソファーに座り、友達を席に座るように勧める。
「悪いがゆっくりはしていられない。」
席に座った友達は陛下に対して、時間は無いと言う。表情も久しぶりの再会の時に見せた笑顔とは違い、どこか真剣で険しい顔をしているように見えた。
「そうか、分かった。」
陛下の顔からも笑顔が消えた。お互いがお互いの言おうとすることを察したように今日2人が会っている本題に入る。
「地球は、日本は放射能に汚染されて、一部の人間しか生き残っていないのに、何が舞踏会だ!? 今日もたくさんの人間が死んでいるんだぞ!? 私には、私にはここにいる人間の気持ちが分からない!? 本当に人間なのかと思ってしまう!?吐き気のする思いだ。」
陛下は友達には自分の本音を言える。それ以外は常に笑顔を作り平和の象徴として平静を装わなければならないのだ。舞踏会に顔を出すのも陛下の公務である。
「陛下も大変だな。ただ若い命というだけで、前の陛下が亡くなられた日に生まれた赤ん坊から勝手に選ばれて陛下になるだけだからな。」
命、人口が減ってしまった今の世の中では、新しい命の誕生は貴重であった。故に生まれたばかりの赤ん坊を陛下に祭り上げ、命の大切さを国民にアピールしている。
「陛下なんて言われて崇められているが、何の権力も無い。ただのお飾りさ。」
陛下事態も、ただ生かされていると感じている。陛下をしている限り食べることには困らない。死んでしまっても、次の陛下が生まれるだけであった。
「そうだな。昔の天皇はこんな大変な時代に国民の税金で食べさせていく価値は無いと国民が暴動をおこし一族を皆殺しにしたという。それからはおまえのような普通の人間を庶民陛下として、平和の象徴に置いただけだからな。」
天皇一族という既得権益は国民の反感を買い、本当の庶民の子供、しかも赤ちゃんの間に選ばれれば、生き残った国民の批判を生まなかった。
「だが最近は私の身の回りでもおかしなことが起こるようになってきた。」
陛下は深刻な顔で友達に言う。自分は何者かに命を狙われているのではないかと。
「例えば?」
友達は陛下に、どのような事件かを尋ねる。
「どこからか石が投げつけられたり、暴漢に襲われそうになったり、身の危険を感じるんだ。誰かが私を殺そうとしているに違いない。」
陛下は自分の身に起こった出来事を友達に伝える。もしかしたら自分は死んでしまうのではないかと心配だった。
「中の貴族の権力争い。外の人間の中への恨み。何も悪いことはしていないが、憎しみは陛下に集まるシステムになっているからな。」
友達は呆れたように言う。人の妬みや嫉妬、憎しみといった目に見えないものほど怖いものはなかった。
「最悪だよ、陛下。」
陛下は自虐的に自分自身のことを辞めたいと頭を掻きむしりながら言う。
「守ってくれるんだろ?」
突然、陛下は鋭い目つきになり友達を睨む。こんなに鋭い目つきは今までに見せたことはなかった。友達にだけ見せる表情だった。
「相手がレディエーションヒューマンならな。」
友達はケロッとした笑顔で軽く答える。
「さすが友だ! 頼もしいね。」
陛下は友達が助けてくれると聞いて安心する。
「それ以外は自分でなんとかしろよ、陛下。」
陛下を谷から突き落とすと友達はソファーから立ち上がり帰って行こうとする。
「そんな!? 守ってよ!?」
陛下は泣き出しそうな顔で友達にしがみつこうとする。
「会って行かないのか? 皇后に?」
もう客間の扉を出て行こうする友達の背中に声をかける。
「元気にしているなら、それでいい。」
そう言って友達は皇后に会わずに迎賓館から帰って行った。