先日買った「つや姫」のビニール袋さえなんかに使えるんじゃないかとしばらく取っておく自分。
Amazonの段ボールに詰められた紙も割れ物包めるなと取っておく。
27年生まれの昭和とらげる気質が自分的に好きです。

とらげるって今日まで岡山の方言だと思ってたけど、説明がすらっと出てきた!

 

 

 

 

ということで先々週からやってた見た感じそうでもないけどやりとりが錯綜して確認がめんどくさいというか発注側もわかってないこと急いで進めるって意外とよくある仕事パターンがやっと今朝終わった!

 終わって気がついたけどやっぱめんどくさい仕事で生きてたんだなと実感! 

逆に元気もらった!!!!

 

まず日頃はほとんどやったことのない図解的なもので「こんなふう」なの送ってもらった資料を見るのと

これが数回ボツになって直前がこれ!と言うボツになったものを送ってもらって自分の中で整理するとこから始まる。

だいたい気持ちの整理がついたらメールで内容のやり取りをする。

「スタイリッシュ」と言うキーワードをもらって考え始める。

とりあえず自分の勝手なアイデアを今までの自分が描いたイラストから構成して

ラフを送ってみる。

これじゃあないと言うお達しで「これではない」と言うキーワードをもらう。

会話の中でボツになった原稿を基本に起こしていくことを決め,そのやり取りをして

鉛筆ラフを起こす。

鉛筆ラフに注文や訂正が入り再度確認のラフを送る。

先方からボツ案をアレンジしたラフがくる。

あーめんどくさ!

 

と言うことで見た目は簡単そうなイラストですが見た目より大変な仕事。

無事終わることが出来はっぴーになった。

メインよりシステムズがめんどくさかった。

終わりかけて左右逆だったというおまけもいただいた。

 

 

 

*画像は自分の勝手なアイデアでとりあえず方向性を確認した大ラフ‥*

鳩と自動車はフリー素材。

 

 

割と昔から近所の雑草や花壇の佇まいが好きでよく資料写真を撮ってきた。

特別なものじゃなくただ普通の感じが欲しいのだ。

小学校に入る前は陽だまりの草地でブツブツ設定を口に出しながら世界を作っていた。

小さいスコップで土を掘り起こし、時々水を入れ物語を楽しんでいた。

そういうミクロキッズ的遊びは誰でもやるもんだと思う。

当時でさえ「この感じ忘れたく無いなあ」と思ったぐらい子ども独特の感性なんだろだと感じてもいた。

時は過ぎ去りあんなに高かった塀も低くなり

夢の入り口の穴も滅多に見なくなった。

まあだけど脳裏にこびりついた感触は残ってるので、今日も変哲も無い光景をメモしてる。

 

 

 

 

 

30年前初めて集団で小演劇「悪魔じるし」をやった時の経験。

初めてゆえの緊張と手配そしてこの小演劇に関わる資金の準備。

素人ゆえ役者さんには手弁当で参加を請い、ノルマは求めなかったので

訳が分からず、その集中力と緊張感を限界まで放出した。

終わった後の虚無感は初めて体験するものでその死生観はまこと財産になった。

年に一回の祭りに命をかける人の気持ちが机の上、脳の中だけで生きる自分にも多少わかった。

「これ死んじゃう人いるだろうなあ」

と感じた。

だから終わった後すぐ次の準備に入るのだとも思った。

 

その1000分の1ほどだが虚無の津波を今回のワンダフルワールド展Ⅲでは感じた。

 

とにかく年齢がアレだし色々あれなので、その時の本番の緊張感と楽しさ虚しさがちょっと体験出来たということだ。

つまり財産がリアルに見えたのだった。

とりあえずこのまま「人魚姫との出会い〜人魚姫の繭」へと旅立ちたい。

 

 

 

羽を背負った少女は自分のメルヘンの核なんだなと思う。

鳥と翼竜は天使と悪魔の象徴なのかといえばそうでも無く

メルヘンの救済と試練を表してると考える。

さらに試練の天使もいれば救済の悪魔もいる。

毒も薬もその人次第だということだ。

鳥の少女は「初潮神話」の眼差しから生まれたと思っている。

それ以前は悪魔と天使をはっきり分けて描いていた気がする。

 

答えを出せない曖昧な部分がメルヘンに込められていると思っている。

 

女子高生天使(ウルトラロリータ)