夏の風物詩、甲子園も開幕直前です。
桐生一高の不祥事などが取り沙汰されていますが、
まずは、被害者への謝罪とご納得をいただき、
物事を決定すべきでしょう。高野連云々は、二の次です。
思い返せば、昭和49年の夏の甲子園に地元の高校が初出場。
そのチームで、不動の1番バッターだったのが
我が親族で最高の優性遺伝だった従兄弟でした。
子供の頃からスポーツ万能。
誰が見ても何段も飛び抜けた存在でした。
以後、社会人野球でも全国制覇。
同僚の投手は、ドラフト1位。
従兄弟もドラフト外で、近鉄・南海・阪神などからの誘いも…。
しかし、プロ入りを迷っている中、
叔母さんが交通事故で大怪我を。
よって、家業を継承することに。
そんな出来事があっても淡々と冷静に取り仕切り、
また、子供だった私にもいつも気遣ってくれていたのが、
叔父でもありました。
その叔父が、先週の金曜日に2週間ほど前に
発症した脳卒中が原因で、この世から旅立ちました。
悲しいことではありますが、
優しかった叔父は、これまでの生き方、人との関わり方を
物語るかのように、多くの関係者に集まって頂き、
盛大で温かみのある葬儀が執り行えました。
その人の人生がどうであったのか?
人生最後の“祭り”は、
旅立つ者、送り出す者の両者において、
大事な意味がありました。
長年に渡り、お疲れ様でした。
また、子供の頃から、可愛がっていただき、
ありがとうございました。
また、いつかどこかの時代で―。