京都には六道の辻という現世と冥界の境界
があります
そんな所に「悪疫退散」の力強いポスター
六道珍皇寺に行くしかない!
新型コロナ退散をお願いしないといけない
力強いポスター
山門の横には六道の辻碑があります
この辺りから東側の山麓は鳥辺野と
呼ばれ都の人々が埋葬されました
山門
平安時代の昔は土葬や火葬は貴族や僧侶など
身分の高い人だけで
ほとんどは鳥葬(ちょうそう)といって鳥が食べる
まで死体を野ざらしにしていたそうです
入口に有るのが小野篁に関係するという石碑
小野篁卿舊跡石碑
小野篁(おののたかむら)はチョー優秀!
平安時代初期の貴族で文武両道の秀才
高級官僚で漢詩、和歌も上手く百人一首にも
参議篁(さんぎたかむら)で集録されています
百人一首の和歌
わたの原八十島かけて漕ぎいでぬと
人には告げよあまのつり船
小野篁像
834年に遣唐副使に任ぜられ2度の失敗の
後の3度目、上司の遣唐大使藤原常嗣が
無茶なことを言うので渡航を拒否した
薬師堂
*重要文化財の薬師如来像が見れます
遣唐使の渡航拒否だけでなくその後に
こんな犠牲を払う遣唐使の事業が本当に
必要なのか?
という朝廷批判の悪態をつく漢詩までつくる
ありさま、嵯峨上皇も激怒して


通常の閻魔堂
もちろん
すぐ、隠岐の島に流罪となりました
そのとき詠んだ和歌がさきほどの
わたの原八十島かけて漕ぎいでぬと
人には告げよあまのつり船
意訳
島流しになって遠い壱岐まで流されます
病死するか暗殺されるかわかりませんが
せめて都の人には旅立ったことを知らせ
てください漁師さん
特別御朱印 参議篁
昔、壱岐に行くには難波津から瀬戸内海を
通り関門海峡を越えて日本海に入り隠岐
まで行ったので大変です
イベントの時の閻魔堂(篁堂)
閻魔堂には左手に閻魔大王と右手に小野篁の
木像があり、日常は小さな隙間から見ますが
開帳されておりました
閻魔大王と小野篁
*大椿山六道珍皇寺パンフレットより
↑
中にはこんな閻魔大王と小野篁の木像が
あります
小野篁(おののたかむら)は背が高く目が血走
っているので迫力満点です

迎え鐘から綱がありますのでご先祖を
迎える為に一つ撞いて下さい
迎え鐘の綱
さすが京都、文化的ですなぁ〜!
京風の注意書き
迎え鐘心をこめて一つ撞く
鐘は心で撞く
音の大きさや回数ではありません
大阪風意訳
ガンガン何度も鳴らしても伝わらんのじゃ
ボケ!
綱の始末の仕方の看板
水琴窟
↑
使用した後の綱の始末の仕方も伝授
いたしていますという感じ
本堂と三界万霊十方至聖の石碑
本堂の前には三界万霊十方至聖の石碑があり
とりあえずどんな霊もかかってこんかい!
という勢い
さてあの世への入口本堂に入ります
本堂入口
御本尊
薬師如来
宗旨
臨済宗建仁寺派
北側には本山の建仁寺が広がっています
お庭
なかなか公開していないのですがお庭が公開
されていました
すぐ上に鬼門を護る神様が上の方にあり鏡で
見れます
通常のお庭の見学
↑
通常のお庭の見学はこの階段を上り穴の
空いているところから見学ですがお庭が
開放されていると井戸まで近づけます
さて隠岐の島に流罪となった小野篁はその
まま死んだら今頃立派な怨霊になっていた
のですが・・・
2年程で許され元の職場に復帰して降格もなし
優秀な官僚は戻ってもらわないと不便で天皇
も上皇も困る

冥土通いの井戸
怨霊にはならなかったが親孝行な篁は
ある夜地獄で苦しんでる母の夢を見て
母を助けるためにあの世に通じるこの
井戸を見つけるのです
井戸からあの世に行くと閻魔大王に
願い出て地獄で苦しむ母親を救い
出すのです

特別御朱印 閻魔大王
この事がきっかけに閻魔大王と親しくなって
昼は朝廷で働き夜は閻魔大王を助けるの
です


閻魔大王にも天国と地獄の統治に関わる
難問があったので篁(たかむら)に知恵を
借りたのでしょうね
黄泉がえり之井戸
↑
こちらはあの世から帰ってくる為の井戸で
6年前に見つかったそうで黄泉がえり之井戸
と呼ばれています
中をのぞくと恐ろしく深かったです


黄泉がえりの井戸水占い
ここでおみくじの紙を頂いて水につけると
結果が浮き出ます
みずみくじをつける手水
大吉!

他にも閻魔さんの人形のおみくじもあります
閻魔おみくじ
古い篁卿六道遊行絵図もありますが現代の
絵師ユニットだるま商店の遊行絵図も中々
面白いです
篁卿六道遊行絵図屏風byだるま商店
外に出るとお地蔵様がてんこ盛りの所が
地蔵堂です

地蔵堂
五山の送り火のある裏盆会の前に8月7日から
10日までの四日間精霊をお迎えするため
六道珍皇寺にお参りする六道参りという
風習があります
六道参りの時に水回向するのがこの場所です
ところが今年はその六道参りは新型コロナ
ウイルスの為にオンラインによる代参と
なっています


残念!
迎え鐘は開基の慶俊僧都が唐に行く時に
鐘を3年間埋めておくようにと言ったのに
寺僧が待ちきれず1年半で掘り出して鐘を
撞いたのです
迎え鐘
その音は唐の慶俊僧都にも聞こえたそうです
すると僧都は
あの鐘は三年間地中に埋めて置けば
その後は人手を要せずして六時になると
自然になるものを、惜しいことをしてくれた
と残念がったらしい
3年埋めとけば世界初の自動思念鐘と
なっていたのに残念です
通常の御朱印
唐土まで響くなら冥途まで響くだろうと
迎え鐘となったらしいです!
歯が響くようになったらこちら
↓
たかぼん
六道珍皇寺HP
六道珍皇寺 マップ




























