阪急電車に崇禅寺という駅があります
駅名になるぐらいだから相当な古刹だろうと
潜入調査しました
徒歩で300m行くと南門がありますが
閉まっています 
南門
横には石碑が二つ
不許葷酒入山門と
摂津県・豊崎県 県庁在地跡
明治時代は県庁が置かれるほどの建物が
あったのですねー!
不許葷酒入山門
臭いもんと酒は入ったらだめよ
摂津県・豊崎県県庁在地跡
明治時代8ヶ月だけ県庁がここに置かれた
らしい
南東の角に入口があります
入口を抜けると
ずら~~~と並ぶ新しい墓地
↓
本堂
凌雲山崇禅寺
御本尊
釈迦如来像(伝教大師作)
十一面観音像(伝聖徳太子作)
宗旨 曹洞宗
鉄筋コンクリートの本堂です
何回も火事にあってますからね!![]()
なかなか良い木がありその向こうには
石屋さんの事務所があって墓地を売ってます![]()
天平年間(729-749年)に行基菩薩が開基した
元法相宗の古刹です![]()
室町幕府第6代将軍足利義教が赤松氏に殺害
され首を放置された![]()
その首を供養したことにより菩提寺となり
摂津守護細川持賢が伽藍と所領を寄付して
それから曹洞宗に転宗し細川家の菩提寺に
もなったのです![]()
大香炉
↑
参拝の人が一切供養していない感じですね
大きな木の下に地蔵堂があります
地蔵堂
左が崇禅寺観音尊で右が足立地蔵尊
お寺の裏の方は相当広いです
とっても古い墓が本堂の横にあります
室町幕府第6代将軍足利義教公の首塚です
足利義教公首塚
↑
細川家の九曜紋ですね
五輪塔の真中の丸い石の上が少し膨れている
のが時代を感じさせオシャレです
義教はあの足利義満の5男で幼く青蓮院で
得度し坊さんでした
第5代将軍義量、第4代義持と亡くなり
都の実力者が岩清水八幡宮でクジ引きで
決めた将軍が義教なので籤将軍と呼ばれ
ていました
将軍になってから将軍の地位向上する為
恐怖政治を行い大名の相続に口をだしたので
守護大名の赤松満祐に暗殺され首を切られ
このお寺に放置され首塚ができた
秀林院細川玉子之墓
摂津守護の細川家の菩提寺だったので
キリシタンだった細川ガラシャの墓です
意外にも玉子(たまこ)という庶民的名前です
本能寺の変で石田光成の娘ガラシャは
逆賊の娘となり殺されるかもしれないので
外に出られなくなる

関ヶ原の合戦の時に石田方の人質に
ならないように家老に介錯してもらい
死体も利用されないように
屋敷を爆発させて亡くなったらしい
辞世の句
散るぬべき 時知りてこそ 世の中の
花も花なれ 人も人なれ
絶世の美女だったらしい!
クレーンで墓地造成中
なんと!黒石の玉砂利という豪華なしつらえ
大阪市内で阪急沿線というブランド力!
室町幕府将軍や細川ガラシャと同じ墓地だと
これぐらいやらないといけないかな⁉️
くまモンがいる癒し系しつらえの
歯科医院はこちら
↓
たかぼん
崇禅寺HP
崇禅寺 マップ













