お宮島は修学旅行に最適ですね!
放牧していてもいつかは渡し船の港に
帰ってくるので先生は楽チンです
生徒たちとは逆に港に向かってます
厳島神社の裏あたりに三翁神社があります
三翁神社
最初に厳島神社を作った佐伯鞍職
(さえきくらもと)を筆頭に配下の所翁
岩木翁が多分三翁なのでしょう
佐伯鞍職が水戸黄門なら所翁や岩木翁は
助さん角さんようなもの
明治時代の神社合祀で綿津見神、安徳天皇
に始まり大己貴神、猿田彦神、二位尼、
御子内侍、徳寿内侍、竹林内侍
11座の神様が集まる事となりました
逆に言うと1回で祈願すると11神が動く
チョーお得満載神社です!
五重塔への石段は凄く急ですね
石段
ようよう登ると、五重塔がドーン!!!![]()
五重塔
重要文化財で応永14年(1407年)に建立
されました室町将軍足利義満の時代です
![]()
応永11年(1404年)義満は明との勘合貿易
を始め瀬戸内海の海運が隆盛になった時に
建立された事になります![]()
隣にあるのが豊国神社、別名千畳閣です
豊国神社(千畳閣)
広大な木造の建物で重要文化財です
靴はビニル袋に入れて![]()
昇殿料 100円
内部は本当に広い!![]()
実際は千畳じゃなくて857畳らしい
宮島観光の休憩にもってこい
但し寝転んではいけません![]()
巨大な方位磁石奉納
堂内には絵馬堂状態になっておりこんな巨大
な方位磁石が奉納されています![]()
鹿絵馬
厳島神社に鹿の絵馬良いですね〜!![]()
巨大なしゃもじ(宮島ともいう)
「国益冷凍機合資会社 久留米市東町」
ええ宣伝になってますなぁ〜!
この会社は今でもあるかどうかわからないが
しゃもじは残る
徳維馨(いけいかおる)
江戸時代後期の儒学者斎藤竹堂
(さいとうちくどう)の諱です![]()
船の舳先の奉納
造船業者が奉納したのでしょうか
真ん中に本殿があります
本殿
御祭神
豊臣秀吉公(豊国大明神)
加藤清正公
明治時代の神仏分離令で
釈迦如来坐像があったのですが
今は大願寺にいって豊国神社になりました
天正15年(1587年)豊臣秀吉が戦歿将兵の
慰霊のために安国寺恵瓊に命じて作った
大経堂なのです
ところが建設途中で秀吉が亡くなり
天井と壁がありませんそれから430年
そのまま

柱は全部小さな穴が開いています
日清・日露戦争のの頃から兵士がしゃもじを
柱に打ち付けて出征したんです
戦前にはしゃもじが柱に木の葉のように
ついていたのです
ビイッシリと
家族との最後の観光旅行をこの宮島で
しゃもじで飯を取る事から
しゃもじで敵もめしとる
というダジャレでしゃもじを奉納する
命がどうなるかわからない
つらいけど最後に楽しむ家族で宮島観光
眼下にある厳島神社
おやじは何も語らず、おかあさんは
「風邪ひくから気をつけろよ」と
言ったかもしれませんねー!
今は戦争も無くのんびりした
癒される空間です![]()
吹きさらしの空間なのによくこれだけお掃除
が行き届いているなぁ~!
と感心しながら
だけど
この柱の穴を見ながら多くのドラマが
あったんだなぁとしみじみしてください
癒される空間で治療を受けて
しみじみしてください
↓
たかぼん
豊国神社
豊国神社マップ















