「みなさん、お疲れ様で~す!“10まんノック”の終了で~す!!」
「やれやれ…………」
「ようやく終わったか………」
第2セット開始20分後、遂に“10まんノック”の練習時間が終わりの時を迎えた。それぞれのグループのメンバーがシャズ先輩の呼び掛けにホッとしたような表情を浮かべて、集合場所となっている一塁側ベンチへと向かう。
「僕たちも行こっか」
「うん」
みんなの動きに合わせて僕もピカっちに声をかける。ところがそのとき“予想外”なことが起きてしまったのである。
「え………/////!?」
「一緒に行こ♪」
突然笑顔になったと思うと、僕の右手を握ってピタリと寄り添うピカっち。正直恥ずかしくて顔からも火が出そうだった。けれども嬉しい。出来ることならこのまま本当の意味での“恋人関係”になって欲しいくらいだった。
(でも…………言えるわけが無いよなぁ。万が一ピカっちにフラれて気まずい雰囲気になっちゃったら…………こんな風に寄り添って貰えなくなるかもしれないし………)
自分の本音を聞いて貰うことに怖さを抱えながら、僕は笑顔のピカっちと共に集合場所へと向かった。
それから少しして…………
「よし。それでは話をしようか」
キュウコン監督がメンバー全員が揃ったことを確認する。時刻は午後5時前。空はすっかり夕焼け空に変化していた。とはいえ部活動は午後6時まで活動可能時間。その為一通りのメニューをこなしていても、練習しようと思えばまだまだ出来るが。
「これで守備強化練習を終わろうと思う。みんなよく頑張ったな。これから先、残り1時間は各自好きな練習を取り組んでくれ。打撃練習、投球練習、走塁練習、守備練習。それぞれ練習しやすいように準備しとくからな」
『はい!』
監督の話を聞いて特にレギュラー陣である3年生メンバーは大きな声で返事をする。逆にその他のメンバーは動揺するばかり。
(好きな練習って言われても…………)
(どんな練習が良いのかわからないよ………)
僕やピカっちも同じだ。何せきょうから野球部の一員として本格的に活動を始めたのだ。具体的に自分たちが「ポケモン」としてではなく、「野球選手」としてどんな長所があるのかなんて全くわかるはずも無い。先輩たちが自主的に練習する様子をただ眺めることしか出来なかった。
「おい!用が無いならベンチに入ってろ!練習の邪魔だ!」
「え?」
「何だよ!そんな酷い言い方しなくても良いじゃないか!」
相変わらずヒート先輩の言動にはストレスをたまってしまう。いきなり大きくキツい口調で命令するものだから、ピカっちだって驚いて固まってしまった。僕は彼女を守りたい一心で反論してみせた!!するとヒート先輩はますます面白くなさそうに言いがかりをつけてきたのだ。
「なんだと!?新入りの癖に生意気な………」
「新入りだったら発言する権利が無いのか!?僕たちは僕たちなりに野球部に慣れようって必死なんだ!!遊びでやっている訳じゃないんだよ!!」
「良いぞ、カゲっち!!もっと言ってやれ!その分からず屋に!!」
「話には聞いていたけど、癪にさわるねえ………コイツの態度」
するとどうだろう。マーポ、それからラビー先輩までもが僕の反論に加担してくれたのだ。
「ほらほらそこで揉めるんじゃない。ヒートも言い過ぎだ。せっかく俺たちの仲間になってくれたんだ。“エース”という立場に傷をつけないためにも、よくよく考えてくれよ」
「ちっ…………ラプ、行くぞ!」
「ちょっと!!!もう、自分勝手なんだから」
ラージキャプテンに諭されたこともあり、ヒート先輩はそれ以上何も言わなかった。いつもバッテリーを組んでいるラプ先輩と共に、“ブルペン”と呼ばれるベンチ横のピッチャー練習用のマウンドに向かった。
(まあなんとか良かった………。でも何の練習をしようか)
ひとまず理不尽な妨害を避けられたとはいえ、結局僕には自由行動時間の活用法が浮かばない。溜め息をつきながらどうしようかと悩んでいたそのときだ。
「カゲっちくん。一緒にキャッチボールやろうよ♪」
「え、良いの!?」
「本当にアツアツね。それじゃあ私はブイブイ先輩とバッティング練習でもしようかしら!」
「もう、チコっちてば!」
「私たちのことからかわないでよ………//////」
隣からピカっちが笑顔で声をかけてきた。癒されてしまったのか、自分も思わず表情が緩んでいく。もちろんチコっちは相変わらずの様子でからかってきたわけだが、そんな彼女も後先考えずに発言したことで先に練習内容を決めていたブイブイ先輩に勘違いされることになる。
「お、僕と一緒に練習するのかい!?なんだかキミとは気が合いそうだな!」
「アハハ、そりゃどうも…………」
このとき彼女は思った。どうせならロビーやララと練習すれば良かったと。この先変なゴタゴタが起きなければ良いなと。
「それじゃあ行くよー!!」
「うん!!いつでも大丈夫だよ!」
しばらくして僕とピカっちはキャッチボールを始めた。さすがに昨日含めて3回目となれば、だいぶ感覚をつかめてきてるのか動きもスムーズだ。そのおかげもあるのか、二匹とも気持ちに余裕が出てきて楽しい。
パシッ!!パシッ!!
「カゲっちくん、チコっちちゃんや三匹一緒に試合出られるように頑張ろうね♪」
「そうだね!きっと一生懸命練習頑張れば大丈夫だよ!」
「そうなったら嬉しいな♪」
そんな感じで弾む会話。その間一度もボールをキャッチし損ねたり、或いは送球ミスもなかった。勝手な思い込みだろうけど、自分は少しだけ上手になったのかも知れない。
「少しずつ距離を離してみようか?そしたらもっと遠い場所からでも届くかも知れないから」
「え?うん…………良いよ」
僕はもっと上達したくなってきた。だからピカっちにこのような提案をしたのだが、一方で彼女は何故だか納得出来てないというか寂しそうな表情をして小さく変事するだけだった。そのことが少しだけ気がかりだったけど、ひとまず了解を得たので、さっそく僕は10mくらい後ろへ下がった。
「よーし、行くよ!」
「うん………いいよ!」
距離が開いたことでそれまでの感覚にわずかなズレが生まれたのか、ピカっちに不安をもたらしたかも知れない。僕への返事がなんだか小さくなった感じがしたから。
「そーれ!えーい!!」
「えっ!?きゃっ!」
「あっ、しまった!ピカっち!?」
テンションが上がったせいか、僕はいつもよりボールに勢いをつけすぎてしまった。ピカっちも何とかキャッチを試みたが、真っ正面から飛んでくるボールに怖さを感じのだろう。本能的に避けようとしてしゃがんでしまったのである。当然ながら僕の投げたボールは転々と彼女のずっと後ろで弾むことになった。
「大丈夫!?ゴメン、力を入れすぎちゃって………」
「だ、大丈夫。どこにもぶつかっていないから。ちょっとビックリしたけど………」
慌てた様子の僕に対し、苦笑いしながらピカっちは答える。幸い何もなかったみたいで安心したけど、少し調子に乗ってしまった自分を反省する。
「それじゃ、練習再開しよっか♪」
「そうだね。ありがとう、ピカっち」
またしても僕はピカっちにカバーされてしまった。もちろん嬉しいし気持ちも癒されるんだけど、やっぱり良いとこ見せたい自分としてはカッコ悪い。そして情けなく感じた。
一方その頃チコっちとブイブイ先輩はと言うと………、
「カゲっちとピカっち。本当に仲が良いんだな!?」
「で、ですね………。幼なじみですからね、私も含めて」
「チコっちはカゲっちのこと、好きじゃないのか?」
「はぁ//////!?何言ってるんですか!?冗談じゃない!誰があんなドジで泣き虫なヒトカゲを好きになるものですか!!あんまり変なこと言うと、“つるのムチ”で締め付けますよ!?」
「アハハ。冗談だよ~!そんなにムキになるなって!」
どうやらブイブイ先輩がチコっちのことをからかっている様子。とてもじゃないけど一緒に練習を出来るような雰囲気ではない。これにはさすがの彼女も困り果てているようだ。
…………と、そこへ!!シャズ先輩がやってきた。
「コラ、ブイブイ!!またそうやってちょっかい出してるの!?迷惑になるから止めなさいって何回言わせたらいいの!?」
「お姉ちゃん!?いつの間に!?」
「さっきから!もうっ………ちょっと目を離したらすぐ後輩のみんなが困ることするんだから!」
「うへっ!?冷てぇ!!勘弁してくれー!」
さすがのブイブイ先輩も自分の姉相手だと何も出来ないようだ。まあ、“オーロラビーム”をまともに受けてるのだから当たり前か。
「自分が悪いんでしょ!?ほら、練習練習!!」
「ひえ~!!」
シャズ先輩のお仕置きを終始観ていたチコっちは内心安心した。これで練習に集中出来るだろうと。最も我が事として捉えてくれたら最高だが、その後も彼女のちょっかいが減る事は特になかった。
「あれ?チコっちさんはカゲっちくんやピカっちさんと一緒じゃなかったんですか?」
「え?まあ、あの二匹の邪魔になったら悪いかなぁって思っただけよ」
「やっぱり何だかんだ気になるんですね?」
「何よ!?あなたたちまで私のことを冷やかすつもり!?」
続けて声をかけてきたロビーとララの言葉に不満を露にするチコっち。そんな彼女に二匹はこう続ける。
「気に障ることを言ってすみません。もしチコっちさんが良ければ、一緒に練習してもらえないかなって思って」
「私たち人と話すことがニガテなので、少しでも改善したいんですよ」
「ふーん、なるほどね。わかったわ。そういうことなら付き合ってあげる♪」
事情を理解したチコっちは、笑顔で二匹の要望を了承した。さっそく用意したバットでスイングを始める。読者の方々からすると「四足歩行なチコっちがどんな風にバットを持つんだ」なんてツッコミが入りそうな気もするが、彼女の場合、普段から体全体を使って頭の葉っぱをぶるんぶるん回して叫ぶこともあるくらいだ。そんなイメージで両前脚でつかんだバットを振り回せるみたいだ。それはそれでどうなんだとまたツッコミがありそうだが、あんまり細かいことを気にするのは負けなような気がするので、作者の都合でどうにかなってると考えて頂ければ幸いだ。
ブン!ブン!ブン!
「えーい!このー!!おりゃー!!」
「チコっちさん凄い………」
「物凄い気合い入ってますね………何かコツがあるんですか?」
素振りを始めた直後からララとロビーはチコっちの気迫を感じるような姿に驚くばかり。自分たちが引っ込み思案だから、余計に輝いて見えているのかもしれない。
「コツ?簡単よ!目の前にぶっ叩きたいヤツがいることを想像するのよ!!例えばあの泣き虫ヒトカゲみたくね!!おりゃー!!!えーい!」
「泣き虫ヒトカゲ…………って」
「ハハハハ…………」
予想外の答えに二匹は苦笑いを浮かべるばかりだった。
そんな調子でそれぞれが練習に励んでいると、あっという間に1時間が過ぎた。とは言っても、僕たちのような野球初心者は一足も二足も早く練習を切り上げてベンチに戻って、他のメンバーを待っていたが。
「お疲れさまでした!これできょうの練習は終わりになります!新入部員の皆さんも、少しは一日の流れをわかって貰えたでしょうか?」
「まあね」
シャズ先輩の言葉に軽く返事をするラビー先輩。正直全てが大丈夫とは言えないけど、きょうみたいな感じで練習が繰り返されるならば、自然と体も反応できるようになるだろう。
「何はともあれ、みんなきょうも頑張ったな。明日からも“カントリー・リーグ”に向けて練習をしていくから、ゆっくり体を休めてくれ。それじゃ解散!」
『お疲れ様でしたぁぁぁ!』
最後にキュウコン監督から一言あって、僕たちの野球部としての活動初日は終わった。
「さてと、帰ろっかな。ピカっち、チコっち♪」
「そうだね。初めての部活で何だか疲れちゃったよ」
「私も。早く家に帰ってゆっくり休みたいな~」
道具を片付けると、僕たち三匹は帰路に着いた。もう辺りは薄暗くなっているし、昼間の暖かさもまるでウソのように肌寒く感じてしまう程になっている。
「そういえば、頭のケガはもう大丈夫なの?」
「え?うん、全然問題無いよ。心配かけてごめんね、本当に」
「本当に迷惑よ。せっかく活躍を楽しみにしていた読者さんだっていたでしょうに。もうすぐで節目の50話目になるんだから、少しインパクト残していかないと後から大変よ」
「うん、本当に気を付ける…………」
チコっちに指摘を受けて危機感を覚えた。確かに今回でHR47………つまり第47話と言うことになるわけだけど、僕の中では全くそんな実感が無かったのである。もっとも投稿間隔が安定しない作者さんが悪いのは言うまでも無いけれど。
「それでもきょうも楽しかったね♪」
「本当に?ピカっちは凄いなぁ。どんなことがあっても楽しそうにしているんだから」
「そんなこと無いよ………//////。でも、そんな風に思ってくれているなら嬉しいな」
僕の言葉にピカっちは軽く赤面する。すると案の定と言うべきか、この後顔をニタニタさせチコっちがちょっかいを出してくるのであった。
でもピカっちへの言葉は僕の本音だ。今まで彼女の笑顔にどれほど救われたかわからない。いや、きっとこれからもそんな日々が増えることだろう。
なんて僕がピカっちのことを考えるときだった。それまで完璧に僕たちをからかっていたチコっちが、急に真面目な表情でピカっちにアドバイスをしたのである。
「でもね、ピカっち。あなたが本当に好きな相手が出来たら、結果がどうであれ、ちゃんと気持ちを伝えるのよ。私みたいなことになっても遅いんだから」
「チコっち…………」
「チコっちちゃん…………」
その言葉が何を意味しているか、僕たちにはわかっている。でも敢えてそれを口にしなかった。そればかりか呆れた様子でこのように言ったのである。
「なーに、私の頭の葉っぱに塩かけたような暗い顔してんの。明日からまだ練習は続くんだからウジウジしてる暇なんて無いのよ?」
「そうだね」
「わかったらさっさと帰ってゆっくり寝るわよ。特にカゲっち!」
「ほぇ!?」
「ほぇ!?じゃないでしょ!あんたは今日の朝練に遅刻したんだから気を付けるのよ」
「あ……………」
チコっちから指摘を受けたボクは思わず頭の中が真っ白になってしまう。確かに今日は寝坊してみんなに迷惑かけてしまったからなぁ。明日同じドジを踏んだら何を言われるかわかったもんじゃない。
「大丈夫だよ。私がカゲっちくんのお家の前で待ち合わせするから。そしたら寝坊しちゃっても起こせると思うんだ♪」
「あ、ありがとう………ピカっち」
僕が困り果てていると、ピカっちが笑顔でこのようにフォローしてくれた。するとチコっちは再び呆れた様子で「もうっ。ピカっちてば………相変わらず甘いんだから」と、一言呟くのであった。これじゃあまるで母親と子供みたいな感じ。いくら幼なじみとは言え、ここまで気にされてしまっては情けない。
「とにかく、ピカっちにも出来るだけ迷惑かけないようにするのよ」
「もちろんだよ。もう中学生になったんだし、頑張らないとね」
決してチコっちは自分のことが嫌いでも、ピカっちのことを嫉妬しているわけではない。ただ純粋に彼女なりの心配の仕方なんだと言うことくらい、自分にも理解できている。僕の言葉を聞いて、ピカっちは頼もしそうに小さく頷くのであった。
「それじゃあね~!また明日~!」
「うん、また明日♪」
そんなこんなでチコっちとは別れた。途端にそれまでの賑やかな雰囲気から静かな雰囲気へと変化する。おかしい………昨日までなら普通にピカっちと目を合わせて会話が出来たはずなのに、きょうはなんだか目線を合わせるのもドキドキしてしまう。
「カゲっちくん…………」
「ん?」
そんな感じで声をかけられずにいると、ピカっちの方から話しかけてきた。だけど何だか気乗りしない様子。もしかしたらまた自分のことを気遣ってくれて変に頑張っているのかもしれない。
「どうしたのさ~?何かあったの?」
笑顔を浮かべて返事をする僕。すると彼女は僕の右手を握ってこのように答えた。
「ちょっと不安だったんだ」
「不安?どうして?」
ピカっちは潤んだ瞳で見つめてくるせいか、僕は段々と真剣な眼差しへと変化するのを感じた。なぜかわからないけど、僕は彼女をしっかり守らないといけないと感じたのだ。
「カゲっちくんが寝坊しても、待ち合わせすれば大丈夫って言ったこと。チコっちちゃんやあなたが変な気持ちになったんじゃないかって…………」
「なんだ~。そんなことか。僕なら全然平気だよ。むしろ僕の方こそ、ピカっちに気を遣わせてしまって悪かったね………」
僕たちは手を繋いだ状態で歩き始めた。他の誰かに見られていたら完全にカップルと思われても仕方ないだろう。でもピカっちの気持ちが安心するなら、ずっとこうしていたい。このままずっと二人でゆっくり過ごせたら、どれだけ幸せなのだろうか。僕は彼女のことを“幼なじみ”として見られなくなっている感じがして複雑だった。
そうしているうちに、やがてピカっちの家であるお菓子屋さんにたどり着く。
「着いたね………」
「そうだね。私ね、カゲっちくんといたら不思議と幸せな感じがしたんだ。だから………本当はもっとあなたにそばにいて欲しかったな♪」
「え……///////!?」
思わぬ言葉をもらった僕は、目を大きく見開いてしまうほど驚いてしまった。もしかして僕とピカっちってお互いに意識しあってる!?
「な~んてね…………/////。私ってば何言ってんだろ。でもありがとう、カゲっちくん♪」
「え…………あ…………うん!僕の方こそ、ピカっちが元気になって良かったよ!」
話している様子を見る限り、さすがに本気では無いようだ。その反応に多少ガッカリしたりして頭の中の整理が追い付かなかったせいか、僕の返事はどこかぎこちない。ピカっちはそんなおかしな姿にも関わらず、ただずっとニコニコして見守っていたけれど。
「それじゃあまた明日!」
「うん!」
そんなこんなで僕はピカっちは別れた。急に疲れが出てきた感じがする。チコっちじゃないけど、早く家に帰ってゆっくり休みたい。そういえばこんなに激しく体を動かすなんてずいぶん久しぶりなような気もする。だとしたらクタクタになっても仕方ない感じがした。
「でもちゃんと宿題も明日の授業の準備もしなくちゃなぁ………忘れ物なんてしたら、二人に何言われるかわからないや………」
僕は帰宅して夕食を食べ終わると、すぐに自分の部屋のベッドで寝転がっていた。疲労感に満腹感も重なってきたせいか、眠気が凄い。でもこのまま何もしないわけには……………。
ワーーー!ワーーー!ワーーー!
「ん?わわっ!!なんだこの声援は!?」
「何寝ぼけたこと言っているのよ!!逆転サヨナラのチャンスよ!!」
「チコっち!?」
「君が逆転優勝を決めるんだ!!」
「頼むぞ、カゲっち!!」
「マーポ!?それにラージキャプテン!?どうして!?」
「頑張って、カゲっちく~ん!!」
「ピカっちまで!?一体どうなってるんだ!?」
おかしい、僕はさっきまでベッドで寝転がっていたはずなのに………どうしてグラウンドにいるのだろうか。それもこの背番号「4」のユニフォームを着て頭にヘルメットを被り、更に赤いバットを持っていて、周りから大きな期待を受けている雰囲気………大事な試合でもやっているんだろう。しかも逆転サヨナラがかかっているところから推察するに、自分はミスを許されない立場になっていることがわかった。
「え!?え!?そんなこと言われても………野球を始めたのは昨日だよ!?」
「な~に、寝言言っているの!?私やピカっちと一緒に野球部に入ったじゃない!半年くらいは練習したわよ!」
「そうだよ!特にカゲっちくんなんて毎日学校から帰っても、公園で素振りとか壁当てのキャッチボールとかして練習していたの知ってるよ!緊張して大変だろうけど、自分を信じれば大丈夫だよ!」
どうやら夢の中の世界では、現実世界よりも半年は過ぎているようだ。ということは当然「カントリー・リーグ」は開幕して………下手したら大詰めってところかもしれない。それにしても夢の中の自分は相当な努力をしていたんだな。
(そ、それじゃ頑張るしかないや!なんでこんなことになったんだ!?)
答えは誰にもわからない。試合のシチュエーションは9回ウラ、6-5であさひポケ中学校が負けている展開。2アウトながら一塁ランナーにチコっち、二塁ランナーにマーポがいる展開。確かに自分がヒットを打てば同点、或いは逆転できそうなところだ。
マウンド上のピッチャーはどこの学校の野球部なのかはわからない。けれど右投げのアリゲイツってことはわかった。一体どんなボールを投げてくるのだろうか。失敗しちゃいけないと考えてしまうと、緊張や不安で体が震えてくる。
1球目。まずはドロンと緩やかに高いコースから低いコースへ斜めに流れてくる変化球…………これはカーブってヤツだろう。当然手を出すことは出来ない。判定はストライク!
(く、こんなのに手を出したら空振りしちゃうかも知れないな。落ち着かなきゃ)
僕は打席の中で一息吐き、緊張をほぐす意味軽くスイングする。そうしてからホームベースをトンと叩き、再びバットを構える。
2球目。今度は内角高めにズドンと速いストレートが飛んできた!!さっきのカーブのおかげで低めに意識が集中してしまい、しかも球速にもかなりの差があったので、バットは自然に出てこない。しかし判定はボール。ひとまずすぐに追い込まれてしまうという最悪の事態は免れた。それでも打てそうなイメージは出てこない。
(というか、なんでこんなに夢の中で頑張らせているんだよ~!もう、眠るときくらい静かにさせてくれよ~!!)
しかし心の中でいくら嘆き節を出そうとも、こういうときに限って状況は変わることない。だとしたらもう「何でも良いからボールを振ってやれ!」と、開き直った。試合に負けても良いからとにかくこの勝負を終わらせたいって気持ちになったのである。
(みんなには悪いけれど、所詮ここは夢の中なんだ。テキトーにやり過ごしたところで現実世界の僕や周りには影響ないだろう!)
意を決して、マウンド上のアリゲイツの方へ視線を向ける。そのときなんとなくだけどグローブで隠されたわずかな隙間から、彼がうっすら嘲笑しているように感じた。正直屈辱的な感情も浮かんできたけど、今は気にするだけ負けだ。とにかくこの訳のわからない夢から覚めてほしいだけだった!
そんな中での3球目!カウントは1ボール1ストライク。またしても威力のあるストレートが僕の胸元目掛けて飛んできた!しかし判定はボール。一瞬アリゲイツも「えっ?」というような表情だったし、主審………つまりキャッチャーの後ろにいる審判から見ても際どいコースだったのか、同じように一瞬黙ってからのコールだった。
とはいえ、これでカウントは1ストライク2ボール。若干余裕が出てきた。僕自身は早くこの勝負を終わらせたいだけに、かえってストレスと化してしまう。
(もう、何だって良いから早く終わらせてくれよ!どうせどんなボールが投げられても打てないんだから!!)
打席の中で地面を何度も踏みつける僕。そうでもしないと高ぶった感情をコントロール出来ない感じがしたのである。と、そのときだ。
「がんばって~!カゲっちくん!!」
「落ち着いていけば大丈夫だぞ!!」
「頑張りなさいよ!!」
「カゲっちくんならきっと大丈夫だよ!」
「僕たちも応援してますからね!」
「みんながついています!」
塁上にいるチコっち、ネクストバッターズサークルと呼ばれるベンチ前に描かれた円の前で、僕の打順の後で出番を控えているピカっち。それからベンチの中ではマーポにリオ、ロビーにララ。1年生メンバーの声援が四方八方から飛んできたのである。
「ど、どうしてなんだよ………。僕にプレッシャーかけないでくれよ………!!!やめてくれ!やめてくれぇぇぇーーー!!」
僕は思わずその場にうずくまりながら絶叫した!自分への期待が逆に重荷になってしまったのである。するとどうだろう。それまで温かい雰囲気だった周りのメンバーの表情が一変、急に冷たい雰囲気へと変化して逆に僕を言葉のナイフで痛めつけ始めたのである!
「何だよお前?せっかく俺たちが応援してやってるって言うのに、贅沢なヤツだな?」
「そうだよ、カゲっちくん。私の気持ちも考えて欲しかったな…………」
「最低ね、自分ひとりじゃ何にも出来ないくせに」
「そんな!!待ってくれよ!!みんなこそ僕のこと考えていないじゃないか!!」
急転直下の展開に、僕は動揺を隠せなかった。なんでここまで言われなきゃいけないのだろうか。
しかもあろうもことか、その罵声にも似た声の数々は増幅してきたのである。
…………ひどい!…………最低。………消えれば良いのに。………クズだな。雑魚のくせに草。あたおかなんじゃないの?かーえれ!かーえれ!かーえれ!
「何でだよ!!これじゃ“あの日”と同じじゃないか!!やめろ!やめてくれえぇぇぇぇ!!!」
僕は耳を塞いでしまう。だんだんと暗くなる視界に、このあと自分はどうなるのか…………それさえわからずに泣き続けた。