「ったく、初心者はちょっとしたことでもキャーキャーはしゃぎやがる。気が散るじゃねぇか。なんでオレがこんなヤツらと一緒のグループなんだよ」
チコっちがテンポよく最後尾に向かったことで、自らの背番号“13”が刻まれた帽子を被るルーナに出番がやってきた。だが、上述したように彼はブツブツと機嫌悪そうに呟いてる。それもそのはずでこのCグループで唯一彼だけが2年生という形で、一人浮いているような状態。どんな意図があってシャズ先輩やキュウコン監督がこのようなグループ分けにしたかわからないが、とにかく今の彼は面白くない気分でいた。
(そんなこと考えても仕方ねぇや。アイツらに出番を奪われないようにしっかり練習するぞ!!)
彼はスッキリしない気分を紛らわすにも、ひとつひとつの練習にしっかりと集中しようと考えた。一際大きな声で「おっしゃ!こーーーい!!」と“みがわり”に向けて叫ぶ!!それに呼応するように、“みがわり”もコクリと頷く。
カーーーーン!!
「バウンドか!!よーし!!」
次の瞬間、高く弾むような打球が放たれた!気合い十分のルーナは後ろに逸らさないように、そしてうまくタイミングを合わせようと打球へと向かっていく。さすがに経験者ということもあってか、僕たち仲良し三匹組とは比べ物にならないほどその動きは素早い。
「カゲっちにピカっち、それにチコっち!良く聞け!!内野ってのはモタモタしたらダメなんだよ!!迷っている間にもバッターランナーは一塁に向かって走ってるし、それが視界に入ると余計に焦って思わぬミスを起こす可能性だってあるんだからな!!」
「うう…………」
「……………」
「確かにその通りね………」
ルーナの警告は僕たちにまざまざと経験が浅い現実を突き付ける。確かに同じようにノックを受けていても思い当たる部分がある。チコっちこそルーナの言葉にへこたれている雰囲気はあったが、彼のように迷いの無い動きが出来ているので全然マシだろう。
(問題は僕とピカっちだ。ここまでの練習では全部一瞬迷ったり、ボールに怖がってしまってるんだから。まずはそこを無くしていかないとレギュラーにはきっとなれないし、何よりまたヒート先輩に邪魔者扱いされて居づらくなっちゃう………)
僕は後ろを振り返る。ピカっちの不安そうな表情が飛び込んできた。ついさっきボールをうまくキャッチ出来た喜びは、彼女にはもう残ってないかもしれない。ルーナに水を差されるような言葉を飛ばされたとき、ちゃんとピカっちのことを守ってあげれば良かったと僕は今さらながら後悔してしまう。
(ダメだ。僕がブレちゃ。ピカっちが安心できるように気持ちを強く持たなきゃ…………!)
何のためのピカっちとの約束なんだ。しっかりしろ。僕は強風に煽られて揺らぐ炎のように不安定な気持ちの自分に檄を飛ばす。
「じゃあこれからたくさん練習すれば良いだけじゃないか!僕たちの野球人生はまだ始まったばかりだし、大会にだって2カ月残ってる!いつかルーナや先輩たちを超えるくらい、チームに必要な存在になってやる!!」
「なぁんだと………?」
「カゲっちくん…………!!ルーナさんに失礼だよ………」
「そうよ!いくら何でも言い過ぎだわ!生意気だって思われたら終わりよ!?」
僕たちに向けて依然鋭い視線だったルーナに、僕は宣言をしてしまった。しかも指まで差して。これには当然彼も怒りを露にするし、ピカっちだけでなくチコっちまでもが批判することになってしまった。マーポは何も言わず、リオに至ってはどうすれば良いのかわからずにその場で慌てるばかり。
そんな感じの中で、暫し重苦しい沈黙の時間が支配をする。その間僕は後悔をしながらも恐怖と闘って、ルーナからの視線を反らさなかった。
「まあ、いいや。あとはそのときになればわかることだ。こんなとこで揉めてもしゃーない。ほら、マーポ。行くぞ!」
「早くしやがれよ。練習時間がもったいねぇや」
「まあ、そう言うなって」
マーポの急かしに対してルーナは苦笑いを浮かべて、送球を行う。二匹とも野球への情熱の高さが似ていて、馬が合うのかもしれない。気がついたときには、それこそ実の兄弟………いや親友のような雰囲気を僕は感じた。
とまあ、このような流れでルーナはなんとか機嫌を持ち直して最後尾へと向かった。つまりそれはCグループ最後になるリオに順番が回ってきたことを意味する。
「よし、あとはリオだな。しっかり頼むぞ?」
「任せてよ!」
マーポに言葉をかけられた背番号「16」、リオは笑顔を振る舞いて元気よく返事をする。僕たちが幼なじみという関係であるような感じで、彼らもまた彼らにしかわからない特別な友情みたいな関係なのだろう。
「よし、こーーーーい!!!」
両手を両膝につけて彼女が叫ぶ。それを見た“みがわり”はこれまでと同様に無言で小さく頷いてから、ボールを空へポーンと投げる。そして落下してきたところにタイミングを合わせて、バットを振り抜いた!!
カーーーーン!!
「ライナーだね!?でもこれくらい僕は全然平気だよ!えーい!!」
自分の頭上をあっという間に通過しそうな鋭い打球。しかしそこはさすがに経験者だ。リオは動じる様子もなく、目一杯ジャンプして見せたのだ!!
パシッ!!!
「さすがリオだな!!」
「ナイスキャッチ!!」
「カッコいい!!」
「凄いな………」
「エヘヘ、みんなありがとう!」
みんなから送られる称賛の言葉にリオは嬉しくなって笑顔になる。
(あんな風に…………リオみたいな動きでプレーをしてみたいな…………そしたら今よりずっとピカっちにもカッコいいところを見せられるんじゃないかな…………)
僕はぼーっとそんなことを考える。どうせまだ野球のこと知らないのだから、ピカっちが喜んでくれることをしてみたいと考えるようになったのだ。自分を応援していても恥ずかしい気持ちにならないようにするために。
とはいえ、これでCグループの“10まんノック”も一周目を終えた。
(あとはこれを30分間続けないといけないのか。しかも2セット分。最後まで体力持つかなぁ………)
まだ4月初めのこの時期。昼間の暖かさから少しずつ肌寒さを感じさせる冷たい空気に変わっていくのを感じながら、僕は不安を覚える。でも練習から逃れようがないのは周りだって同じだ。そうやって割り切って2周目の練習に向かったのである。
「よーし!!来い!!」
(お?気合い入ってるな、カゲっちのヤツ!)
1周目のときのように、僕は両手を両膝につく中腰態勢になりながら“みがわり”へと叫ぶ!その様子をマスク越しで観ていたマーポが嬉しそうにニヤリと小さく笑う。
(頑張って、カゲっちくん!!)
ピカっちも心の中ではあったが、僕の背中を押してくれた。目の前にいる“彼”が一生懸命な姿を見せれば見せるほど、自分にたくさんの勇気が届きそうな感じがしたのである。
そんな色んな想いが交錯する緊張感を表現するような静けさの中、“みがわり”が再びボールを空へ放り、落下してきたタイミングでバットを振り抜いた!!
カーーーン!!
「わわっ!!速い!!?」
打球は地を這うようなゴロ。しかしそのスピードは速い。しかも打球方向がグローブを握ってる左手側ではなく逆の右手側だったので、僕は一瞬反応が遅れてしまった!それでも………!!
「諦めるもんか!!え~~い!!」
「カゲっちくん!?」
僕は自慢の脚力で猛ダッシュをする!!しかし、それでは手を伸ばしても間に合う感じには思えなかった。そこで僕は次にボールを体で止めるイメージで思い切り飛びついた!!これには周りのメンバーも驚くばかり。特にピカっちは両手を口の前に持ってきては、ハラハラと不安そうな表情を浮かべていた。
「いっけええぇぇぇぇぇ!!」
ピカっちに一緒に頑張る力を与えたい!!その一心で僕は叫んだ!!その熱い気持ちを反映するように、しっぽの炎も一回り大きくなっていた!!果たして懸命のプレーは報われるのだろうか!?目をぎゅっと瞑る僕に、その結果はわからない。
「カゲっち!!何やってんだ!早く起きろ!」
「キャッチ出来なかったらボールを拾いにいかなきゃいけないのよ!!」
「え!?あ…………」
少しだけ沈黙だったが、すぐにキツイ口調でルーナやチコっちが僕へ声をかけてきた。そこから察するに自分のプレー虚しく、打球が背後へ抜けていったんだと理解した。
(うう………これじゃあ飛びついた意味が無いよ。単に自分で体を痛めつけただけだ………)
飛びついたことによる影響が全くなかったわけではない。むしろポケモンの技として存在する“とっしん”みたく、僕は地面に叩き付けられた反動によって多少のダメージを受けていた。でもこのままじゃいけない。急いで体を起こし、キャッチし損ねたボールをつかみにいく。
(結構離れちゃったな。マーポのいる場所まで届くだろうか)
やっとの思いでボールをつかみ、元来た場所を振り向きながらこんな不安を感じてしまった。何せ順番待ちの列よりもさらに10m以上離れているのだ。恐らく軽く50m以上はマーポからは離れていることだろう。間違いなくこれまでで最長間隔になっているに違いない。
(良いや。悩んでいても始まらない!どうにかなるだろう!いっけぇぇぇぇ!!)
僕はキャッチボールなんかでアドバイスを受けたように、一旦体を引く。そしてその反動で勢いよくボールをマーポに向けて投げたのである!!!
パスン!!!
「なっ!!?」
「うそ……………凄いわ!!」
「カッコいい!!カゲっちくん、凄くカッコよかったよ!!」
「エヘヘ…………僕もビックリしちゃったな」
次の瞬間、鋭く乾いた音が響いた。自分でも珍しく最大限の緊張感を感じることができて、それが良い結果に繋がった。この感覚を例えるならば、ポケモンバトルで成功率の低い大技をここ一番で決めたときに近いかもしれない。
(もしかしたら、まだ自分にはポケモンバトルに夢中になっていた頃の感覚が残っているのかも知れないな)
僕は自分の右手をじっと見つめながら、なんだか寂しい気持ちになっていた。
(あんなことさえ無ければ……………)
(すげえ力のあるボールだ…………。アイツ、もしかしたらピッチャーの方が素質あるんじゃねぇか?初心者でこんな矢のようなボールを投げられるヤツ、なかなかいねぇぞ?)
一方でマーポは僕の“一球”に動揺を隠せずにいた。もちろん色んな条件が重なってだけで、たまたま最高の送球になっただけかもしれない。それでもこれまで様々なピッチャーのボールを受けてきた彼の中で、僕のボールを受けてみたいという願望が出てきたのも事実だった。
(でもそうなるとピカっちやチコっちとの都合が合わなくなるのか。アイツらさっきの練習で言っていたもんな。三匹が同じような場所にいたいって。しょうがない。せっかくの才能を無駄にするかもしれないけど、まだまだ経験が少ないカゲっちに余計な負担をかけるのも考えものだし、ここは諦めるか…………)
マーポは残念そうに感じながらも、この野球部で出会った“仲間”がこのあとどのような成長を見せてくれるのか期待をするのであった。
「おっしゃ!!」
「まだまだこんなもんじゃないぜ!!」
「練習楽しいな~♪」
「新入部員にレギュラー奪われてたまるかってんだ!!」
その頃AグループでもBグループでもノックは続いていた。その中でもレギュラー格の3年生メンバーが集中しているAグループは、今までも持続性が必要なこの練習を何度もこなしているおかげか、テンポが良い。そして第 1セット開始10分、15巡目に突入してもそのスタミナが落ちて疲労を見せている気配が全くなかった。そればかりか新たなメンバーによって、自分のポジションを奪われるのではないかと危機感を植え付けられたことで、これまで以上に厳しい表情で練習に臨んでいる印象をキュウコン監督やシャズ先輩は受けていた。
そんな状況でレギュラーを目指す2年生、1年生メンバーの奮闘も続く。
「うちだってレギュラーになりたい!!」
「ベンチを温めるなんてごめんだよ!!」
「もっと野球を楽しみたいんだ!!」
「チック先輩が教えてくれたから!!」
「みんなその調子だよ~♪」
Bグループのラビー先輩やブイブイ先輩、ロビーやララも気がつくと練習に夢中になっていた。そこには不安は全く感じられない。チック先輩も仲間が増えたことをより実感できて幸せな気分になり、ますます後輩を応援したい気持ちが強くなっていた。
まあ、そんな和やかな雰囲気になっているこちらのグループは、さすがにAグループと違ってこのノックをほとんど初経験だったこともあってペースが落ちるが、それでも第1セット開始10分時点で10巡目。まだまだスタミナが持ちそうな気配だった。
もちろん僕たちのいるCグループにいるメンバーだって同じ気持ちだ。しかし現レギュラーで空きポジションになっているセカンドを狙うべく、リオは一層気合いが入っているように感じた。同じくセカンドの役割を与えられた僕との熱量差は明らかである。その熱の入った姿を見せられる度に、僕は半分諦めの気持ちが過ったのは言うまでもない。
ショートも空きポジション。こちらもピカっちとブイブイ先輩の熱量差が明らかだったが、別々のグループだったことが幸いしてるのか、彼女の場合まだ僕よりも幾分野球を楽しんでいる印象を受けた。
「オラぁ!!ボサッとしてんじゃねぇよ!!次はお前の出番だぞ!!モタモタすんな!!」
「あ、ご………ごめん」
そして何よりペースが明らかに遅いのだ。一つ一つのプレーに集中している…………と言えばそれまでだが、一喜一憂して称賛していることもあって、スムーズな流れが作れないでいた。その結果、第1セット開始10分でようやく4巡目。特にこの練習を唯一経験しているルーナは集中力が続かずに苛立ちを隠せない様子で、だんだんとその語気が荒くなっていた。
「ったく、アイツら野球ナメてるのか?邪魔してんじゃねぇよ」
腕組みをしてピリピリした様子を見せるルーナ。そんな調子だから彼に近寄るメンバーは誰ひとりとしていなかった。そればかりか心ない発言をしてるものだから、逆に周りから敵視されて孤立することになったのである。
「こ、こーーーーい!!」
そんな不穏な空気が気になりつつも、僕は練習に集中しようとする。そんな自分の声を聞いた“みがわり”もまたカーーンという音を合図に打球を放ってくる!
「今度はバウンドか!!」
それなりにスピードもあるバウンドが飛んできて僕は一瞬動揺するも、打球方向やバウンドの高さ、弾んで高くなるタイミングや落ちてくるタイミングなどに動きを合わせてうまくキャッチをする。
「今度は上手く行ったぞ!!えーーい!」
「ナイススローイング!!」
前進してキャッチをしたので、自ずとマーポとの距離も縮んでいる。僕は確かな手応えを感じて力強く、そしてマーポがキャッチしやすいようなボールを投げることも出来たのであった。僕のプレーを賞賛してくれたマーポの姿を見て安心したのは言うまでもない。
(こんな調子で落ち着いたプレーが出来ると良いな)
最後尾へ移動するとき、僕はこんなことを考えていた。ピカっちはルーナがもたらしたピリピリとした感じのこの不穏な空気に萎縮していないだろうか。チラッとそんなことも考えた。彼女に「頑張ってね」ってニッコリと笑って一声かけると少しは安心したような素振りを見せた。でも本当は不安だったに違いない。
(早くこの練習が終われば良いのに。そしたらピカっちのそばにいられるのにな。不安そうにしている彼女のこと、少しでも安心させたいな……………)
何度も言うように僕とピカっちは正式に付き合っている訳ではない。それでも僕の心の中ではピカっちを守りたいという気持ちがドンドン強くなる一方だった。
…………彼女がいてくれるから頑張れる自分がいるから。光を失いたくないという想いと共に。
(カゲっちくんに励まされた。なんだか嬉しいな。自分のことでも大変なハズなのに、私のことも気にしてくれてるなんて…………)
その頃ピカっちはほんのりと顔を赤くしていた。やっぱり自分の好きな相手に気にしてもらえると、一気に不安な気持ちも忘れることが出来るんだと気付いた。彼女はこの励ましがあれば隣に“彼”がいないときでも、気持ちがひとつになれるような気がしたのである。
「(私も頑張らなくちゃ!)こーーーい!」
今までで最も大きな声を彼女は出した。それを合図に“みがわり”から打球が放たれる。
「ゴロだ!!え~い!!」
ピカっちは自分から見て左側に向かって転がるボールをキャッチしに向かった!!スピードにはかなり自信がある。だからこのときもボールへの怖ささえ感じなければ大丈夫だと思った。
(カゲっちくんがちゃんと見ててくれてるから、負けちゃダメだよ!)
ボールへの怖さ、ミスへの怖さ。感じるものはたくさんあるけれど、それらを払拭するだけの勇気を彼女は持つことが出来た。自分のために頑張ってくれる存在がいるから。
(カゲっちくんと一緒に笑いたい!!)
「がんばれ~!ピカっち!!」
その次のことだ。「パシッ!!」という乾いた音が周囲に響いたのである。ピカっちは速いゴロに追い付き、見事に黄色いグローブでキャッチすることが出来たのだ!自らそのことを確認したピカっちは嬉しそうに笑顔を見せる。しかし、それも一瞬の話。さっきルーナに指摘されたことを思い出して、ボールをマーポに向かって送球したのである!!
パシッ!!!
「ナイススローイング!!」
段々と送球にも力強さが出てきた。それにちゃんとマーポが構えたミットをあまり動かすことなくボールをキャッチ出来たことを考えると、正確さも出てきてるのだろう。
「良かったよ、ピカっち♪」
「エヘヘ。ありがとう、カゲっちくん♪」
列の最後尾に来たピカっちに僕は声をかける。満面の笑みを浮かべた彼女の姿を見ていると、なんだか僕まで嬉しくなった。同時にこの調子でもっと頑張ってみようとも思った。
「次は私の出番ね!!二人には負けないわよー!!………?」
「がんばれ~チコっち!!」
「頑張って~、チコっちちゃ~ん!!」
次はチコっちの出番。彼女からしたら僕やピカっちのやり取りに思うところはあるかもしれない。だからこそ、僕やピカっちは今までがそうだったように、これからも“幼なじみ”としてチコっちとは良好な関係であり続けたいと思っていた。
…………僕たちはずっと仲良しな三匹だから。
(もう。今さら何よ。そこまで私のこと気遣わなくても良いのに。もっと普通にしていなさいよ、二人とも)
チコっちは声援に応えるのが恥ずかしかったのかもしれない。敢えて僕たちの方を振り向かず、その代わりスーッと深呼吸をして気持ちを集中することにした。
(さぁ、みんなで一緒に試合に出られるように頑張るわよ!!)
チコっちの気持ちが入った「こーーーい!」という声が響き渡った!!それを合図に“みがわり”もコクりと頷く。次の瞬間、「カーーン!」という打球音と共に高くボールが夕焼けになりつつある空へと吸い込まれていった。
「フライね!オーライ!!」
落下点を予測してキャッチの準備をするチコっち。フライをキャッチするにはグローブを自分のおでこ付近に持ってきて、キャッチした弾みでボールがこぼれないようにもう一方の脚で被せるのが基本的な方法なのだが、チコっちはそれも慣れてきているように感じた。一連の流れに迷いを感じなかったのがその理由である。
パシッ!!
「ナイスキャッチ!!!」
「ありがとう!後は送球ね!!え~い!!」
「お!良い感じじゃん!ナイススローイング!!」
「練習の成果よ!もっと練習してファーストと言えば私って言われるくらい、もっともっと練習して見せるわ!」
「そいつは頼もしい限りだな!楽しみだぜ!」
フライをキャッチしてからの動きもまた早かった。送球も力強く、マーポも現時点で一番野球に馴染んでる新入部員ではないのか、と思うほどだった。
そんな彼女の姿を目にした僕とピカっちの気持ちは、ますます高まっていくのであった。
そうしてノックに集中していると、あっという間に1セット目のタイムリミットとなる20分が経過した。シャズ先輩が「ピーーーー!!」と笛を鳴らして、そのことをみんなへ知らせる。
「1セット目、終わったか」
「結構動かせたんじゃないのか?」
「疲れちゃったよ~♪」
「休もうか♪」
笛の音を聴いたメンバーがお喋りしながらベンチへと戻っていく。もちろん僕もピカっちに「戻ろうか」と声をかけながら手を引いて、その後をついていこうとした。
「ありがとう、カゲっちくん♪でも、ちょっと待って欲しいんだ」
「どうしたの?…………あっ」
ピカっちは笑顔でお礼を伝えてくれた。しかし、すぐに手を離して後ろを振り向いてしまう。そのとき何となく寂しい気分になったのは何故なんだろう。彼女はそんな僕をよそに誰かに声をかけているようだった。
「ちょっと!どうしたのよ、ピカっち!」
「三匹で戻ろ♪やっぱり私、みんな一緒の方が落ち着くから…………」
「ピカっち…………」
「もう…………仕方ないわね」
ピカっちが連れてきたのはチコっちだった。僕と今まで以上に仲良くしていることを気にしていたのか、彼女は単独行動をしようとしていたらしい。そこをピカっちが「そんなこと気にしていないよ。だってチコっちちゃんも大切な友達だから♪」と、誘ったらしい。もっともチコっちも恥ずかしさもあったので、初めは遠慮がちだったらようだが、「良いから良いから♪」と脚を引いて連れてきたようだ。
「カゲっちくん、チコっちちゃん。私の気持ちを汲み取ってくれてありがとね。凄く幸せだよ♪新しい友達も出来て、一緒に頑張れることも見つけられて。私、頑張るからね♪みんなと一緒に試合に出られるように」
「ピカっち…………」
「……………そうだね。部活を決める前にみんなで約束したもんね。だから僕も頑張らないとね」
ピカっちの微笑みに、僕とチコっちはハッとした様子で思わず顔を合わせる。みんな気持ちは同じなんだって気持ちに気付いたからだろう。だとしたら彼女の言うように僕たちは三匹で行動した方が良いのかもしれない。
もちろんそうなると、ピカっちとの距離が縮まらない可能性もあったけど。
(いやいや。何言ってんだろ僕。いくらピカっちが僕の頑張っている姿を気に入ってるからって、みんなが言っている恋人関係とは違うに決まってるじゃないか!それに…………ピカっちだって好きなタイプがいるよ!こんな僕みたいなドジばっかりしてる男子なんて………!!)
「どうしたの、カゲっちくん?」
「何か顔が赤くて変よ?風邪でも引いた?」
色んな考えが普段あまり使い慣れていない頭の中を駆け巡る。そのときの動作があまりにも不自然に見えていたに違いない。
「え!?いやいや!!大丈夫!!」
「なら良いけど………」
「あんまり無茶してピカっちを困らせないでよ!!」
『えっ………///////!?』
チコっちの何気ない一言に僕とピカっちは目を点にし、顔を赤くしてお互いに顔を見合わせてしまう。この様子を見たチコっちはしてやったりと言わんばかりにニコニコしていたのである。
「ほ~ら!二匹とも何をボサッとしてるのよ!?ベンチに戻るわよ!!」
『う、うん………』
僕とピカっちの距離が縮まっていることに対して、チコっちは複雑な想いをしてるのでは…………という心配は全く必要なかったようである。むしろこの状況を彼女は楽しんでいるような気もした。かえって僕たちの方がお互いに複雑な想いをすることになったのである。
…………まあ、確かに僕もピカっちと本気で恋人関係になれたら良いなとは思ってるけど。
(まだそれを言えるのはずっと先のような気がする)
桜の花が綺麗に映える4月初め。それでも夕方になればまだ肌寒さを感じる。そんな空気に包まれ始めても、グラウンドではまだまだ練習が続く。
春。それは色んな物語が奇跡に向かって始まりを告げる季節。きっと僕たちにもそんな奇跡の物語が始まっているのかもしれない。