ぼくの代わりに“しばられのタネ”の効果を受けたソラ。彼女を護るために、まずはアノプスたちを倒した訳だけど……………どうもバトル中の自分が自分じゃないような気がしてきた。怖いなぁ……………まだバトルは続いていると言うのに。
「ほう。5匹をほぼ同時にノックアウトするとはな。………なかなかやるな、小僧?」
「当たり前だ!こっちには守らなきゃいけない“友達”がいるんだ!それに…………大切な仕事だってある!だから、お前たちに絶対に負けられないんだ!」
アノプスたちのグループを倒したあと、ぼくの前に姿を現したのはボスのアーマルド。体が自分よりずっと大きいこともあって、相手から完全見下ろされてる格好。多少威圧されてる感じもして本能的に怯みそうになったけど、そこをなんとかグッと「こらえろ、こらえるんだ………」と自らに言い聞かして、必死に自分の言葉をぶつけた。
しかし、残念ながらそれで揺さぶれる程甘い相手ではない。むしろ動揺など全く感じている素振りを見せず、ゆっくりと大きな体を動かしてぼくの方へと近づいてきたのだ。
「ほう、絶対に負けられない…………。ならば俺も力を抜く必要も、温情を見せなくても良さそうだな。残念だ。今すぐここで自らの行動を省みて、そこのピカチュウと一緒に退出することを期待したのだが…………。やはり“探検隊”は想像以上に愚かな存在だったようだな?」
「何だと!?そっちが勝手に“探検隊”を悪者扱いにしてるだけだろ!?ぼくたちは一生懸命自分たちの目的を説明してるのに!!」
ぼくはアーマルドの言葉に苛立ちを覚えた。どこまで自分勝手な奴らなんだろうと。争いをしたくないのは自分たちだって同じだと言うのに、問答無用で一方的に悪者扱い。あまりにも理不尽すぎる。
「そんなに…………」
「?」
「そんなに“探検隊”が憎いかああああああ!!!“ひのこ”!」
気がついたらぼくは彼に向かって無数の火の玉を発射していた。それだけもう感情を抑えるのが難しくなっていたのだ。…………しかし、やはり現実はそこまで甘いものでは無い。
「フ、愚か者め。“まもる”!!」
「なっ!?シールドが出来て弾かれただって!?」
「単調な戦略で俺が倒せるとでも思ったのか?しかも忘れてるのか?今のお前はさっき“オーバーヒート”を使ったせいで、火力が落ちているんだぞ?」
「くっ…………!!」
ぼくはここでも迂闊だったと思ってしまう。確かに彼の言う通りで“オーバーヒート”は最大限の火力で焼き尽くせる代償として、その後の火力を落としてしまう難点があった。となれば、技のバリエーションに乏しい今の自分としては厳しい。なぜなら一番頼りにしているほのおタイプの技を、極力使わない戦略に修整せざるを得なくなったからである。
(そんなことで勝てるのか?……………いや。勝たなきゃいけないんだ。ペラップからの仕事をやり遂げるためにも。ソラを守るためにも!!)
「力任せに突撃か。全く。本当に何もわかっちゃいないようだな!」
「うるせぇ!!うおおおおおお!!!」
アーマルドが呆れた様子で呟く。だけどそんなことぼくには関係なかった。考えたところでどうにもならないのであれば、力任せに強行突破するのみ。そのように“ヒトカゲ”としての闘争本能は自分へと指示をする。それに合わせてぼくはダッシュし、アーマルドの懐目掛けて跳び跳ねる!そこから爪を立てた腕を思い切り振り下ろした!
「いっけぇぇぇ!!“ひっかく”!!」
「“みずでっぽう”!!」
「!!!?」
だが、やはりそう簡単に事は進んではくれない。ぼくは彼からの一撃をまともに真っ正面から受けてしまう。
「ぎゃあああああああああああ!!!」
たまらず叫んでしまうぼく。“ヒトカゲ”となってしまった今、このみずタイプの技だけは浴びてはならない一撃だった。威勢良く飛び込んだことで防御や回避も出来ずに、ぼくは技の威力で吹き飛ばされ、そのまま地面へと叩きつけられてしまった。
「うぐ……………ぐう…………」
地面に叩きつけられた痛み、それから水を浴びたことで急激に体温を奪われたことで、ぼくは一気に窮地に追い詰められてしまう。
「言っただろ?容赦なく攻撃すると。お前らがこの場所でやり遂げる仕事があると言うならば、俺は全力で追い出すと。今さら後悔しても遅いぞ?」
「く……………」
ジリジリと迫ってくるアーマルド。絶体絶命である。すべて自らの意志ではなかったとはいえ、せっかくアノプスたちを良い形で蹴散らしただけに、この結果は残念に感じる。やっぱりぼくにはソラを守るなんて出来ないのかもしれない。好きな女の子ひとりさえも守れないなんて…………男として情けない。
「ス……………ススム」
ああ…………私のせいでススムがあんな攻撃を受けている………。自分ひとりでなんとかしようとしたのが間違いだったんだ………。せっかく優しく手を繋いでくれたのに。たった30分前のあの頃に戻りたい。恥ずかしくて、照れくさくて…………でも、久しぶりに人の温かさに触れて幸せを感じられたあの時間に…………。
(ススムを…………助けなきゃ!!)
私はまだ自由のきかない体をなんとか起こそうと必死に頑張ってみる。歯を食いしばって。ススムが倒されて独りぼっちになる前に。いえ、もう一度彼の温かさに触れたかったから…………。
「“げんしのちから”!!」
「ぐあああああ!!!」
「まだまだ続くぞ!“きりさく”!!」
「うわああああ!!」
(ススム!!イヤ!もうやめて!お願い!!彼を攻撃しないで!!)
反撃する前に次から次へとアーマルドから攻撃を受けるススム。未だに体がほとんど動かない私はなんとか祈りつづけましたが、そんなことで攻撃が収まることはありませんでした。
「はぁ…………はぁ…………。ちくしょう………。全然攻撃できる隙が無い…………。強すぎる………」
(ススム…………!)
気がついたら地面にうずくまっていた彼。その身体は傷だらけになっていました。致命的では無いとは言えあれだけのダメージを受けてしまったら、痛みで俊敏な動きなんか出来なくなってるに違いありません。
「ククク………。馬鹿なヤツめ。自分ひとりでも助かろうとすれば良かったものを。そんな身動きの出来ない相棒など見捨てればそこまでボロボロにならずに済んだだろう?」
(ひ!!?)
「な、何だって!?」
アーマルドの言葉に私は恐怖を感じ、ススムはしっぽの炎が一度激しく燃え盛ったところを見る限り、怒りを感じているようでした。右肩を押さえながらゆっくりと片膝をつき、そこから立ち上がるススム。
「ふざけるな!!ソラはぼくの大切な“友達”……………いや、絶対に守らなきゃいけない………ぼくの好きな女の子なんだ………!」
「/////////!!!」
次に彼から飛び出したその言葉に私は戸惑ってしまい、顔が赤くなってしまいました。仕方ないでしょうね。なんたって堂々と私への好意を口にしたのですから。
「彼女は探検隊の楽しさをぼくに教えてくれたんだ!ぼくはそんな彼女の楽しんでいて優しくしてくれる笑顔が好きなんだ!そんなソラの笑顔を守るためなら…………どんな相手であっても戦う!!」
(ススム…………//////)
恐らく彼は私が気絶したままで、聞いてないと思っているのかもしれません。だって昨日はそんなこと一言も見せず、むしろなんだか意地を張ってるような印象もあったから。だから余計に恥ずかしかったし、安心したし嬉しかった。だって……………私だって気持ちは同じだったから。
(私もススムのことが好き。ちょっといじわるで素直じゃないところもあるけれど、一緒に探検隊になってくれて、ずっと見守ってくれてるような安心感があるから。それに………ここまで自分のこと守ってくれる人なんてずっといなかったから…………)
私はまだ体が思うように動かせてなくて、本当は辛い。でもなぜだか安心感がありました。このあともきっとススムのことを頼っても良いんだ………と。探検隊ごっこと違ってまだ怖くて不安なこともたくさんあるけど、だけどススムがいるとなんでも出来るような気がしました。
(本当にあなたに出逢えて良かった………。幸せだよ、私)
嬉しさと恥ずかしさと自分の不甲斐なさとがぐっちゃになって、私は感情が高ぶるのを感じました。もしかしたら一筋、涙が頬を伝っていたかもしれません。
(何とかしなくちゃ…………)
「…………なるほど、そういうことか。つまり小僧、お前とそこのピカチュウは恋人関係ってことなんだな。それは嫌でも立ち向かうよな。ククク…………ガハハハ!面白い!ますます倒しがいが出てきたぞ!覚悟しろ!」
「な、何をする気だ!!」
アーマルドは近くにあった大きな岩を持ち上げると、ぼくとソラのいる行き止まりが故の空間へとそれを投げてきた!
(い、行けない!!私たちをまとめて生き埋めにする気だ!ススム………離れて!!)
一方で私はそのアーマルドの行動から危険を察知して、なんとかススムに伝えようと努力しました。しかしまだ体がほとんど動かない状態。その苦しみで声を出すことすら出来ませんでした。…………このままでは本当に二人とも岩に潰されてしまう……………!!!
(お願い!!動いて!!私にススムを助ける力をちょうだい!!あの岩を砕く電撃を発射させて!!)
今まで以上に強く神様に願う私。正直自分の気持ちが届くかどうかなんてわかりません。でもそうするしかなかった。ススムが助かるためには………!!?
「うおおおおお!!ふざけんなああぁぁぁぁ!!“オーバーヒートオオォォォォ!!”」
(ス、ススム!?)
どう頑張ったところでぼくは勝てないかも知れない。でもなぜだか気持ちは簡単に諦めてくれなかった。むしろ燃え上がるばかり。これが“ヒトカゲ”としての本能なのか、それともほのおポケモンが故の本能なのか、正体はわからない。しかし、一度は弱くなってしまった炎がここにきてまた強くなっているのは、間違いなくプラスになっていた。
「オレは何としても………ソラを守り抜くんだああああああああああああ!!!」
「チ、面白くねぇ…………」
次の瞬間、爆発的な猛火は激しい音を立てて岩を飲み込み、そして岩を粉々に砕いた。その様子を見てアーマルドが舌打ちする。それはぼくのメラメラと燃える闘志で、このピンチを乗り越えたことを意味していた。
「はあ………はあ………はあ………くっ!!」
(ススム!?)
しかし、その代償として体力の消耗も著しかった。ガクンとその場にひざまづいてしまう。正直なところ、これ以上バトルを続けるのは厳しい状況だった。一方でアーマルドは鋭い爪を交差させながらこのように言った。
「ガハハハ!小僧!もはやお前も限界に近いようだな!だとしたら絶好の獲物よ!この一撃をくらえ!!“シザークロス”!!」
「……………!?」
アーマルドはそのまま凄い勢いで突進してきた!しかし、もはやぼくには俊敏に動く体力ですら残ってない。このまま強烈な一撃を受けたら間違いなく倒されてしまうだろう。そればかりか命の保証だって怪しくなる。
「いやああああああああ!!」
(…………!?ソラ!?)
背後からソラの悲鳴が聞こえてきた。いつの間にか意識がハッキリとしてきたようである。でも状態が万全になったのかどうかまではわからない。本当なら敵を全員倒したあとに起こして安心させてあげたかった。それがちょっと後悔。ごめん、ソラ…………。
「もうやめてええええーー!!これ以上ススムに攻撃しないで!!!」
「えっ!?」
「なんだお前!!!ぐわああ!」
一瞬何が起きたのかわからなかった。それまでほとんど身動きが出来なくなっていたソラ。そんな彼女がムクリと起きたと思うと、自分の体をすり抜けてアーマルドへと突撃したのである!!本当に瞬時の出来事だったのでぼくも困惑したが、これはピカチュウが得意としている“でんこうせっか”なのだろう。これにはさすがのアーマルドも驚きを隠せなかった。
「ソラ…………!治ったんだね?良かった………」
「うん。ゴメンね。心配かけちゃって………」
「いや、いいんだ。元々は自分の不注意だったんだから…………こっちこそゴメンね」
「ススム…………」
久しぶりに彼女の姿を目にしたせいか、ぼくはついホッとしてしまう。例えるのであれば、それはなんだか背負っていたものを降ろした身軽さ。ソラがいないだけでそれだけ不安だったんだなぁとかって思った。
…………うん。私も感じたよ、その気持ち。だってススム………自分を見た時にちょっとだけ涙ぐんでるのが分かったし、恥ずかしそうに顔を赤くしていたし……………それにそのあとの笑顔が、その日一番だったような気がしたから。
「ゴメンね。ススムのことを独りぼっちにさせちゃって…………。せっかく手を繋いで一緒に歩いてくれたのに…………」
「ソラ、いいんだよ。気にしないで………!」
ぼくもソラもお互いのことを慰めあう。嬉しさやその他にも色んな感情を抱きながら。しかし、アーマルドはそんなぼくらのやり取りが面白くなく感じたのか、顔を真っ赤にしながら激怒した。
「おい!!お前ら!!俺のこと忘れてるだろう!!」
『え!?』
その声を聞いた瞬間、ぼくもソラも目が点になってしまった。そして向かいあってキュンとしてる自分たちが急に気まずくなって恥ずかしく感じた。無理もない。アーマルドとバトルしていることも忘れて、ぼくたち自然な流れのままであと少しで手を繋いで、先に進もうとしていたのだから。
「俺の目の前でイチャイチャしてんじゃねえよ!生意気なクソガキが!!」
先ほどまでの見下ろされてるような、そんな威圧的な雰囲気のアーマルドはそこにはいなかった。これではただの恋人を前にして嫉妬している一人の男性である。
(なんか………)
(昨日も似たようなことがあった気がする)
ぼくらは困惑して小さい汗を流していた。アーマルドには申し訳ない気持ちは確かにあったけど、これは自分たちのせいではない。文句があるならうちの作者さんに言ってくれ。ぼくたちはただ台本通りに演技をしているだけなのだから。
「もう許さねぇ!!今まで見た探検隊で一番気に食わねぇチームだ!!覚悟しろ!“シザークロス”!!!」
「言いがかりつけるのもいい加減にしろ!」
「これじゃあ話が進まないじゃない!!」
「ぎゃあああああああああ!!」
さっきまでの展開はなんだったのか。ちょっと強引過ぎませんか、作者さん…………。