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「………りして!?大丈夫!?ねぇ、私の声が聞こえる?!」
(き………聞き覚えのない声。だ………誰?う、あ………頭が……痛い……)
誰かが遠くからぼくを叫んでるようだ。でもぼくの体はずっと動かない。すごく痛む。頭も…………。一体どうして?
「ねぇ、大丈夫!?しっかりして!?」
(う………うーん……………)
それでもそのコはぼくの体を揺すったりして、必死に呼んでくれてる。なんとか………起きなきゃ………!
(……………………。ううっ…………)
ようやくぼくの体が言うことを聞いてくれた。まだ体も頭も痛いけど、ゆっくりと目を開ける。
………眩しい。色々光が飛び込んでくる。
そして気持ちのいい音が何度も行ったり来たりしてる………。
よし………!ようやくボヤけてきた視界もハッキリしてきた…………。あとは………あとは立ち上がるだけだ………!
「あっ!気がついた!良かった~!………え!?キャッ!」
立ち上がると、歓喜の声が聞こえた。声の持ち主はどうやら女の子っぽいみたい。………でも、ここで一つ問題が起きた。
(………?こ………)
若干まだ感覚にボケが生じてるのか、声の主との距離感を計れなかったぼく。そして突然キョロキョロ辺りを見回すその挙動不審な行動に、声の主も驚いてやや離れて警戒する様子を見せる。
(ここは?………)
お構い無しにキョロキョロするぼく。そこはどこかの海岸のようであり、太陽が沈んでるように見えることから、恐らく時刻は夕方。そしてどこから飛んできてるのかわからないけど、無数の泡が太陽光を浴びたり、海から反射した光を浴びたりして、キラキラしながら舞っていた。
しかし、ぼくが知りたいのはそんな事実ではない。そんな事実よりも重大な問題があるのだ。しかし現時点でその問題を解決するものは何一つ見つからない。
…………と、ここで。
「あなた、どうしたの?キョロキョロなんかしちゃって?さっきから私が声かけても全然動かないから、心配しちゃったんだよ!」
(え………ピカチュウ?なんで?)
ぼくはビックリして、一瞬フリーズしてしまった。なんと先ほどからずっとぼくに声をかけてくれた声の主………それはバッグを手提げてる“ピカチュウ”………そう、ポケモンだったのだから。
「あっ、もしかして知らない人に声かけられてるからビックリさせちゃった?」
(なんで……?どうして“ピカチュウ”が……?)
「そんなことよりひどいケガ!大丈夫!?痛くない?」
(人間と同じ言葉で話してるんだ!?)
ぼくはもう何がなんだかわからなくなっていた。だってポケモンが人間と同じ言葉で話せるなんて…………夢の中の出来事か、童話の世界でしか考えられないじゃないか!!一体どうしてなんだ?
そんな疑問が解決する訳でもなく、更に彼女はこう言った。
「あなた、ここで倒れてたんだよ?一体何があったの?」
(倒れてた?……自分が?………そっか、だからこんなに体が痛かったのか………)
幸いにも一つの疑問はここで解決した。ひどく体が痛かったのは何か理由があって倒れていたせいなんだと。確かによく見ると、切り傷や擦り傷がたくさんある。
「あっ、そういえばまだ名前言ってないよね?私、“ソラ”って言うんだ!見ての通り種族はピカチュウだよ。よろしくね!」
「ソラか………。よろしく」
思い出したように自己紹介をするピカチュウ………いや、“ソラ”。満面の笑顔でキョトンとするぼくと握手を交わした。そして今度は逆にぼくがソラに質問された。
「………それであなたは?ここらへんじゃみかけないようだけど……」
「ぼく?………人間だよ?見てわからない?」
ソラの質問に何気なく“すなお”に答えるぼく。するとその答えが予想外だったのだろう。彼女はびっくり仰天しながら、その場でピョンと跳ねて叫んだ。
「………えっ!?ええ~~~っ!?ニンゲンってウソでしょ~~!?」
実は本当に驚くのはまだ早かった。次にソラが発した言葉は、到底にわかには信じられないものだったのだから。
「………でも、あなた………どこから見ても“ヒトカゲ”だよ?」
(…………え?)
ぼくはまさかと思った。逆に人間だと言うことを示すために、自分の体を観察してみる。…………だが、
(おい、ウソだろ?………こんなはずない………ウソだ!こんなの!)
後ろを振り返ればしっぽが見える。その先には小さな炎が燃えてるのがわかる。それを見ただけで頭が真っ白になり、なんだか涙も出てきた。
まだ信じられないぼくは、さらに海岸に近寄り、海面に反射した姿を見て自分の姿を確認してみた。だが、そこに写されたのは、
(ホントだ………。オレンジ色の体、クリーム色のお腹、そしてしっぽの先の小さな炎………間違い………この姿はソラの言うように………)
紛れもなく“ヒトカゲ”だった。ぼくは途方に暮れ、がっくりとうなだれてしまう。
(ホントにぼく、“ヒトカゲ”になっているぞ…………!………でも、どうしてだ?どうしてなんだろう?)
ぼくは先ほどと異なる衝撃に見舞われた………。しかし、となるとなぜ自分は人間からポケモンになってしまったのだろうかと、疑問が生じてくる。
(………何も思い出せない………)
しばらく模索しても何一つ思い出せない。どうやら自分は記憶喪失になったようである。
「あなた、なんだか怪しいね?もしかして………私を油断させて騙そうとかしてる?」
「え!?そんな馬鹿な!!ぼくだって何がなんだかよくわからないのに!!疑わないでよ!」
ぼくはソラの疑いを晴らそうと懸命に首を振った!すると怖々とした表情で、微かに体を震わせながら、彼女はこう言った。
「ホントに?じゃ、名前は?名前はなんて言うの?」
(名前?………そうだ。名前は………)
ぼくは必死に自らの名前を思い出そうとした。すると、ポンっと出てきたのだ。
「………“ススム”」
「?」
「ぼくの名前は………“ススム”だ!」
ぼくは一つ突っかかっていたものが取れた感じがして、少し表情が和らいだ。一方でソラは。
「ふーん。“ススム”って言うの。………うん。信じるね♪どうやら怪しいポケモンじゃ無いみたいだし………」
「あ………ありがとう」
最初は怖々とした表情だったが、だんだんと穏やかとなり、笑顔になった。そして最終的には悲しそうな表情でペコリと頭を下げたのだ。
「ううん。さっきは疑ってゴメンね。というのも、最近悪いポケモンが増えてて、いきなり襲ってくるポケモンもいるし………、なんか最近物騒なんだよね……」
「いいよいいよ!仕方ないよ。ぼくが人間だなんて………信じられるはずが…………?」
ソラの謝りように困惑していたぼくだったが、その時ぼくは何かが彼女の元に近寄ってくる気配を感じた。
「ソラ!!危ない!!後ろ!」
「えっ?」
ぼくは慌ててソラに警告したが、時すでに遅し。
ドガッッッ!!
「キャッッ!!」
コロッコロッコロッ………
次の瞬間、ソラは波打ち際まで吹き飛ばされ、地面へと叩きつけられた。同時に彼女が所持していた手提げバッグから、何か白い石のようなものが転がっていく。
「おっと」
「ゴメンよ」
「おい!お前ら何者だ!」
「そうよ!何なの、いきなり!」
ぼくたちの目の前に現れたのはいかにも怪しげなドガースとズバットだった。ぶつけられたソラもぼくも怒りが募る。すると、ズバットがこんなことを言った。
「へへ。わからないのか?そこのピカチュウ。お前に絡みたくてチョッカイ出してるのさ」
「ええっ!?なんで!?やめてよ!」
完璧にソラはこの二匹に狙われてるようである。彼女は急な出来事にパニックになっている。更にズバットは続けた。
「それ、オマエのもんだろ?」
「えっ?…………ああっ!それは!!ダメ、やめてよ!!それは!」
ズバットの視線(?)の先にあった物。それは彼女の手提げバッグから転がった石だった。ソラはますます焦りを募らせる。急いで取り戻そうとするが、
「悪いがこれはもらっておくぜ」
「やめて!返して!お願い!」
「知るかよ」
「あーーーーー!」
彼女のお願いは届くはずもなく、あっという間にズバットに奪われてしまった。するとその様子を眺めていたドガースが、ソラを馬鹿にしたように言った。
「ケッ!てっきりすぐ奪い返しにくるかと思ったが………なんだ?動けねぇのか?意外と意気地無しだな」
「そんな………卑怯!女の子に酷いことするなんて!!返して!お願い………」
「ケッ!都合の良いように言いやがって…………。何が女だ?悔しかったらお得意の電気技でも何でもいいから使って、俺たちから奪い返せば良いだろ?強さに男も女もカンケーねぇよ。要は強いやつが偉いんだよ」
「うう………」
ソラはドガースの言葉がずっしりとのしかかってきた。そして何も出来ずにただその場で涙するしかなかったのだ。
「さっ、行こうぜ」
「じゃあな。弱虫ピカチュウ!へへっ」
彼らはそうやってソラを馬鹿にすると、そのまま立ち去った。
しかし、実は弱虫はソラだけではなかった。そばにいたぼくも何も出来ず、一歩も動けずにいてしまったのだから…………。
(何やってるんだろう………ぼく。せっかくソラは自分を信じてくれたというのに………)
「……………ああ……。ど、どうしよう?あれ、私の大切な宝物なのに………。あれが無くなっちゃったら私は………」
(そうだったのか。ソラ………ゴメンよ………)
しばらく悔しさのあまりに泣きじゃくるソラ。何度も一定のリズムで波が押し寄せてくる、まだたくさんの泡が舞う海岸を見つめながら。その姿にぼくはますます罪悪感を覚えた。
「ううん!こうしちゃいられない。なんとか取り返さなきゃ!でも…………怖いよ。絶対に私一人で敵う相手じゃない………でもこのままじゃ…………「手伝うよ」」
「え?」
ぼくはいてもたってもいられなかった。訳のわからない自分を助けてくれて、信じてくれた………そんな彼女の力になりたかった。
「“いっしょにいこう”、ソラ。どうなるかわからないけれど、一人で行くよりはマシかも知れないでしょ?」
「ホ、ホントに!?ホントに手伝ってくれるの!?」
ぼくの言葉がよほど嬉しかったのか、急にソラの表情が明るく、そして目が輝いていた。
「うん!だってソラはぼくのこと………信じてくれたんだから。逆にさっきは何も出来なくてゴメン」
「ううん。こっちこそありがとう、ススム!早く行こう!」
「えっ?あー!?ちょっと待ってよ!そんなに慌てないでよ!!」
ソラは一目散に彼らが向かった方向へと駆け出した。そのあとをぼくも慌てて追いかけたのだった…………。
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