<満天のゴール>という小説を読みました。(*^^*)
長いこと、母をそして父を看てきて、
ひとの命が尽きるときというのは、
<終わり>なのだと、ずっとそう
思うてたんやけど、
今は、それが、そのひとの
<ゴール>なんやと、思うと、
自分の介護してきた日々が、
敗北やのうて、なにかしらの意味のあるものに
思えてきました。
もしも、マラソンにゴールがのうて、
延々と、続くものであるなら、
そんなに、つらい道は、あらへんやろうし、
最後の最後に、ゴールテープが待っているから
ひとは走り続けることが、きっとできるんやと
思います。
ほんで、介護家族いうのは、きっと
その、ゴールに向かう、最後のもっとも厳しい道程を
懸命に走るひとの<伴走者>みたいなもんやないかと思います。
代わって走ってあげることもできひんし、
どんだけしんどいかは、本人にしか、わからへんとしても
傍にいて、側道を一緒に走り続け、
走りやすいように、水を渡したり、声をかけたり
ずっと寄り添い続ける者。
最後の最後、痛みに苦しみながらも、
痛み止めの点滴のせいで、意識がなくなるまで
ずっと笑顔をみせてくれて、周りを気遣ってくれて
完ちゃんの旅立ちは、<満点のゴール>でした。(*^^*)
私は、怒ったり、介護のためにままならへん我が身を嘆いたり、
伴走者としては、ぜんぜん、あかんかったけれど
それでも、最後まで、傍にいて、
完ちゃんが、ゴールするまでの道程に、
できるかぎり寄り添えたことを、
ほんまに、幸せなことやったんやと、今は思います。(*^^*)
ほんで。。。
父もまた、今、ゴールテープに向かって、まっしぐらやけれど
さすが57歳からマラソンしてただけに、ゴール前のしんどいとこで、
ヨレヨレになりながらも、毎日、踏ん張ってます。(*^^*)
今度もまた、そんな父に、寄り添うだけしか、
やっぱり、できひんけれど、水渡して、声かけて、
身体をさすって、声掛け続けながら、
最後まで、伴走し続けたいと、思います。
今日まで、頑張り続けてきてくれたことが、
もうすでに、満点のゴールやと思うので、
ゴールの瞬間には、あっぱれ!!と、言うてあげたい。
頑張り続けてきてくれたことに、ありがとう!と
感謝を伝えたいと、思います。(*^^*)
