完ちゃんの戸籍を辿りながら、
完ちゃんは、生まれたときから
<お母さん>だったわけではないという
あたりまえのことに、あらためて気づきました。(*^^*)
滋賀県の田舎で生まれて、
お父さんが早くに亡くなり
お母さんが、大勢いる子供たちをひとりで
育てられへんからと、
京都の親戚の家に、養女に出され
その家を出て、結婚し、子供を授かり。。。
と、完ちゃんの人生にも
ほんとに様々なことが、あったんですよね。
ほぼ寝たきりになってからの38年のあいだに
思い出した、その時々に、生まれてから今日までの
92年間の完ちゃんの物語を、とつとつと話してくれたので
私は、<お母さん>になるまでの、完ちゃんについて
たくさんのことを知ることができました。
まるで、幼い頃からずっと一緒に過ごしてきた
幼馴染のように、です。(*^^*)
それは、介護をしてきて、良かったな~と思うことの
ひとつやと思います。
そして、父もまた、晩年、
歯医者や眼医者やと、受診するのに付き添いが必要になり、
よく、二人で、出かけたことがあったのですが、
まだ元気で、足もしっかり歩けた頃には、
久しぶりに、京都の街中を歩いていると、突然
昔、ここで、働いてたことが、あったんやで!
製図、描いてたんや。
と、突然、立ち止まって、古い建物を指さしたもので
初めて聞く、父の昔の話に、驚いたこともありました。(*^^*)
それもまた、父に付き添って出かけて、良かったな~
と思うことのひとつです。
母にも、そして、父にも、
親になる前の、それぞれの人生があったという、
あたりまえのことに、子供として、
触れる機会をもらえたのは、介護の時間があってこそのこと、
そう、思えば、とても貴重な時間やなぁ~と思います。(*^^*)
で、ふと我が身をふりかえって、
自分の戸籍のことを考えると、
独り身で、ずっと過ごしてきていて、
おそらく、これからもずっとそうであろう私の戸籍には、
昭和〇〇年〇〇月〇〇日出生 と
令和〇〇年〇〇月〇〇日死亡
という、二行だけしか書かれない、ということに気づき
ええっ~~~!!と愕然としました。
その二行の間には、結構、波乱万丈の物語が
沢山あったんですけど(*^^*)
ともあれ、完ちゃんと、父と、そして私と、
この三人で、互いに、もたれあい、支えあいながら
よれよれの三人四脚やけど、これまでなんとか
頑張ってきたのでした。(*^^*)
