春になると、いつも完ちゃんとの間で、話題になるのが

 

 もし、、見に行けるんやったら

 どこの桜が、いちばん見に行きたい?

 

という話で。(*^^*)

 

毎年、完ちゃんが決まって答えるのが、

 

 海津大崎の桜が、もいっかい見たいわぁ~!

 

ということでした。

 

38年間、ほぼ寝たきりで、救急搬送されるとき以外は、

まったく家の外に出ることのない完ちゃんなのですが、

 

子供の頃には、びっこをひきながらでも

まだ、なんとか、杖なしでも、

歩くことができた時代がありました。

 

その頃に、見た桜、といういことで

繰り返し、繰り返し、話してくれたのが、

 

戦争中か、戦後まもない頃、

京都の家に、お米がなくなると、

おじいちゃんと、おばあちゃんとに言われて、

 

確かまだ、小学生やったと思いますが、

 

家にある上等の着物を風呂敷で包んで、

滋賀県にある親戚のお米農家に、

着物と引き換えに、お米をもらいに行ったそうです。

 

それは、それは、長いお遣いで、

 

なんとか、親戚の家に辿り着いた後、

 

子供の足で、帰り道、袋に入ったお米を持って、

琵琶湖畔を、てくてくと歩いて、近くにある

国鉄の駅まで、歩いて、

 

そこから、電車で、京都へと向かわんとあきません。

 

お米は重いし、どんどん日は暮れてくるし、

足は痛いし、で、泣きべそをかきながら、

和ちゃんと二人、ただただ、ひたすらに

歩き続けたそうです。

 

あっ、和ちゃんというのは、完ちゃんのお姉さんで、

 

実は、完ちゃんは、6人兄弟なのですが、

一番上のひとりと生後間もなく亡くなったひとりを除いて、

お父さんが、若くして亡くなり、お母さんひとりでは

子供たちみんなにご飯を食べさせることができひんからと、

 

4人とも、京都の親戚に、別々に、里子に、出されたのでした。

 

そのひとり、すぐ上のお姉さんが、和ちゃん、です。(*^^*)

 

その和ちゃんと、ふたりで、京都へ帰る途すがら

琵琶湖畔の道沿いに、眺めたのが、海津大崎の桜

やったそうです。

 

 海津大崎の桜は、ほんまに、圧巻やったなぁ~

 ほんまに、綺麗やったえ~。

 

 道沿いに、眺めてもええし、

 琵琶湖のほうから眺めても、綺麗でなぁ~

 

と、春が近づいて、お花見の話題になると

いつも、話してくれました。(*^^*)

 

この話には、オチがあって、

 

なんとか、懸命に、三条京阪まで、

お米を持って帰ってきたら、

 

おじいちゃんが、自転車で、迎えに来てくれて

はったそうです。

 

それで、あ~、やっとこれで、帰れる!!と

喜んだのも、束の間、

 

おじいちゃんは、自転車の荷台、前と後ろに

お米の袋をくくりつけると、

 

 ほなな!!

 

と言って、ひとり自転車で、さっさと帰ってしまわはって

 

完ちゃんたちは、三条京阪から、家まで、また

長い長い距離を、歩いて帰らされた、とのことでした。

 

おじいちゃんは、お米を、迎えにきてくれてはった

だけやったや、とのこと、

 

それもまた、おじいちゃんらしい逸話です。(*^^*)