完ちゃんが、ほぼ寝たきりになってからの
38年の自宅介護のことを
そんなに長いこと、よ~うやってきゃはったなぁ~!
と、言うてもらうことが、ようあって、
38年いうたら、赤ちゃんが立派な大人になるほどの年月やから(笑)
自分でも、
そうやなぁ~、長いなぁ~
と、思います。けど、その間には、何回も
もう限界! なんでわたしだけが!!
と、正直、介護を放り出したくなることもあったんやけど
そんなとき、いつも、思い出すことが、あります。
20年くらい前やったかなぁ~、
完ちゃんが、左目から黴菌が入って、
眼圧が90まで上がり
目の前が、真っ暗になってしもて、
一晩中、熱を出して、嘔吐していたのを
お寺さんの月参りの日やからと
お昼前まで、言わんと黙って辛抱していたので
救急車のお世話になったことがありました。
すぐさま、119番するも、
近くの病院がどこも、引き受けてくれはらへんで
結局、ひと山超えていく、山科の救急病院へ搬送されたのですが、
山道のカーブを何度も、何度も、ものすごいスピードで
曲がって走っていかはったので、
救急病院に着いたときには、
付き添いのはずの私が、めまいと吐き気で
立ち上がれへんようになってしもて、
看護師さんに車いすを用意してもらうことに
恥ずかしながら、なってしまいました。
そこは、大きな救急病院で、
部屋が、カーテンでいくつものスペースに
仕切られていて
ストレッチャーに乗せられた、完ちゃんと、
車いすで運ばれた私とが
ひとつの場所に、並べて、寝させてもらって、
先生が来られるのを、待っていました。
すると、数十分ぐらい待った後
白衣を着た、大柄な男性の先生が、入ってくるなり
カーテンの中に並んだ、2つのストレッチャーに
ちょっと驚いた顔をしながら、
おい、どっちを先に、診たらええんや?!
と大きな声で、周りに向かって尋ねはったとき、
こっち!!!
私と、完ちゃんが、同時に、相手を指さしました。(*^^*)
前の晩から、半日、
痛うて、熱が出て、寝られへんで、嘔吐し続けて
長い間、救急車で山道を走ってきて
そんなしんどいなかでも、
私のほうを、先に手当してやってほしいと、
迷わず、こちらを指さした完ちゃんは、
やっぱり、母親なんやなぁ~と
あらためて、思いました。
ほんまにしんどそうにしながら、
それでも、一生懸命左手をあげて
こっちから、こっちから!と
私のほうを指差し続けている完ちゃんの姿は
今でも、はっきり覚えています。
介護がしんどうて、ほんまにつらいとき、
私はいつも、あの時の、完ちゃんの姿が
不思議と思い出されて
あぁ~、もうしゃぁ~ないなぁ~、頑張らんと!
と、気持ちを立て直すことが、できたのでした。(*^^*)
