大酷評!こんな酷いアメコミ作品見たことない型映画『ワンダーウーマン1984』(2020) | SayGo's 映画レビュー

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勝手に映画鑑賞して
ダラダラとレビューします。

本日紹介する映画は
2017年に全世界で大ヒットした
DCコミック映画『ワンダーウーマン』の続編となる

『ワンダーウーマン1984』

公開日:2020年12月18日
上映時間:151分

-あらすじ-
考古学者として博物館に勤めながら、
最強の戦士として自警活動を行っていたダイアナ。
世界の均衡は他もられていたのだったが、
偶然にも発見されたドリームストーンと
それを手にした実業家マックスによって
世界は崩壊へと向かっていく。

DCエクステンデッド・ユニバースの9作目。
80年代へのオマージュを散りばめながら
ワンダーウーマン特有の「愛のドラマ」を展開していく。
主演のガル・ガドットはもちろんのこと
監督のパティ・ジェンキンスも続投を果たしている。

◎◎大酷評します!見るのが辛くなってくる151分◎◎

前作の大ファンというわけではないのですが、
80年代オマージュ(特に映画「コマンド―」を彷彿とさせるオープニング)

大好きな『聖闘士星矢』の聖衣を完全実写化して見せたような黄金に輝く鎧。

※もちろん、↑のフィギュア持ってます!

サイケなポスタービジュアルもあって『ワンダーウーマン1984』を待ちに待っていました。

しかし、この作品、個人的には
アメコミヒーロー映画作品の中でもワースト級の駄作に思えた。
もしかしたら「合わなかった」という表現の方が正しいのかもしれない。

前作で亡くなった恋人スティーブとのコメディチックなロマンス
宿敵となるバーバラの
「地味な女性が自信を持ち、美と強さを手にしていく」というサクセスストーリーなど
物語土台の作り上げに贅沢なほど時間を割いていく本作はスロースターターであり、
アクションシークエンスは急ぎ足、盛り上がり切らぬまま綴じられていく。
そして、残念なのが「戦う」をだけでなく、
「走る」「飛ぶ」といったアクション演出があまりにもダサい。

例えは悪いが、紀里谷和明監督作『GOEMON』(2009)を彷彿としてしまった。
そして、ステレオタイプかつ「反省しました!」ですべてを綺麗に収める結末。
本当に虫唾が走った。


この作品にそもその151分の長尺は必要だったのだろうか...


◎◎これがヒーローだ。人命救助要素があることの絶対的正義性◎◎
まずはこの作品で見惚れたシーンを書いていこうと思う。
それは作品の「主人公(ヒーロー)が人命を助ける」という要素が
アクションシーンにうまく絡められ、取り入れられていることだ。

前作『ワンダーウーマン』においても
「目の前の助けを求める声に目を背けられないダイアナ」という演出は
ダイアナに正義性をもたらしていたと思う次第ですが、
何が言いたいのかというと、

ヒーロー映画は2作目にもなると
「人命=市民」の存在を希薄化し、ヴィランとの対峙にスポットしていく(印象)に対し、
本作ではを1度だけではなく、2度も明確な「人命救助アクション」が取り入れられている。

キャラクター映画ともいえるアメコミ映画において
1作目に人命救助シーンがあればヒーロー像は定まるため充分ともいえるが、
2作目でもそこを強く強調して見せる本作は
ワンダーウーマン=ダイアナの正義性を「絶対的」なものとし「不変性」なものにすら見せる。


人命度返しなアクションシーンに非難が集まった
DCエクステンデッド・ユニバース第1作目『マン・オブ・スティール』(2013)の教訓を
今だ忘れることなく重んじているのかもしれない。

そんな「人命救助」エッセンスがうまく取り入れられているのが
ショッピングモールで強盗団を一網打尽にする序盤のシークエンスだろう。

「これは映画「コマンド―」だ!」みたいな完全オマージュ
(エレベーターアクションとかがあったら個人的には最高だったがw)
がなかったのは期待が大きかっただけに残念ではあるが、
脅威から「子供」を助けるという演出がもたらす
ダイアナの女性または母性の強さ表現もうまいし、
無垢な子供との掛け合いが生む軽快さ、コミカルな側面は最高だ。
立体感のあるショッピングモールを縄を用いて飛び交い、
倒すのでなく「お仕置きする」ようなアクションとの相性も抜群
だ。

あと、よかったところは...
それ以外はいい部分より悪い部分が目立つものしかなかったように思える。


◎◎丁寧と言えば丁寧。しかし、手腕がないと言えば全くない物語構成◎◎
まず、本作を簡単に説明したいと思います。

ある日、ドリームストーンという夢を現実にする石が発見される。
ダイアナはそれによって恋人スティーブと再会し、
新米地味子バーバラは美と強さを手に入れる。
しかし、その石は実業家マックスに奪われ、
彼によって世界の内なる欲が露見され崩壊へ向かっていく。
世界を救うためには「願い」を取り下げるか石を破壊すること。
「現実」受け入れたダイアナと
手にした「理想」に囚われたバーバラの戦いの行方は...

要約するとこのようにシンプルな物語なのだが、
本作は151分(2時間31分)という長編作品となっている。
なぜそんなに長くなっているのか。
正確な時間はわからないが、1時間強を使って
ダイアナ、バーバラ、マックス、この3人のドラマを丁寧に描いていく。
そして、その間、ほとんど本筋が展開していかないというのがポイントです。


まだ、本作のボス的な位置に置かれるマックスの
野心に満ちた物語とキーとなる息子との家族ドラマは
ヴィラン背景として重要に思えるためいいと思うが、
退屈に思えて仕方なかったのがダイアナとバーバラのドラマ。

双方の物語の起点にはドリームストーンが置かれており、
2人の対比は「現実を受け入れた者」「手にした理想を手放せぬ者」の対比となっており、
そんな2人が対峙していくとなれば背景描写は必要不可欠なわけだが、
それぞれの要素をメインストーリーレベルに拡大されていく印象だ。

⓵ダイアナの物語
少し長くなりそうなので、それぞれの物語に分けて語っていきます。
恋人スティーブと念願の再会を果たすダイアナのドラマ。
あるスティーブのギミックで「愛」を強調して見せていく2人のドラマは
明確なラブロマンスをこれでもかと醸し出していきます。
文明や社会に直面することでダイアナというキャラクターを造形していった
前作の一種のタイムスリップ・コメディ的な要素
復活したスティーブに置き換えて展開していく本作は、
スティーブのキャラクター性も相まってより明確なコミカルさを放つ。

スティーブがダイアナの服を選んでいた前作に対し
ダイアナがスティーブの服を選ぶという転換も面白い
し、
それが絶妙にダサい80年代ファッションと絡められているのも見事。

そんな2人が2人で世界を救うことになっていくのだが、
戦闘機で世界を飛び出し、その門出を歓迎するかのように花火が夜空を飾る
なんてシーンは状況度返しのロマンチックさ。

2人の行きつく結末も含め、列記としたラブストーリーとして展開されていく。
決しては悪くはないのだが、
個人的には前作でこの上なくロマンチックな別れを遂げ、
彼の死を受け入れ歩みだすダイアナが描かれていたにも関わらず、
言わば、「ダイアナの成長が語られた物語」を
あえて軽快なラブロマンスで語りなおす意味を感じられなかった。


そして、問題点はこの物語と同じボリュームで
バーバラのサクセスストーリーが語られてしまうというバランスだ。

⓶バーバラの物語
見た目が地味で、立ち振る舞いもドンくさめ。
そんなバーバラは自分と真逆なダイアナに憧れ、
彼女はドリームストーンの力を使って願いを叶えることになります。
見向きもしていなかった男たちの視線を独占する「美」を手にし、
太刀打ちできなかった男をダイアナ同様に弾き返す「力」を手に入れる。
そんな彼女は手にした理想を守るため
ダイアナと対峙することになっていくわけですが、
バーバラの物語はヴィラン誕生劇でもあるながら、
明確なまでのウーマン・サクセスストーリーの側面を持ちます。

変わっていく自分に自信を持っていく前半は
王道的な演出もあり、かなりキラビやかな雰囲気を醸すのに対し、
その力が恨みのはけ口にもなり、次第に美と力に固執していく後半は
ガラッとシリアスな風貌、演出に変えていくという落差も面白い。
想いが純粋だっただけに切ないドラマにもなっています。

しかし、彼女が主人公の映画であれば問題ないのですが、
あくまでサイドストーリーに置かれている本作においては長すぎる。
こんな自分がいうのも悪いが、
「描きたい背景をそのまま描きました」といったものに思え、
映画の総合的なバランスを欠くものになっていたと思う。


正直、酔っ払い男性との関わり方の変化だけで
充分、彼女の変化を物語れたように思える。



「亡き恋人との切なくもロマンチックなラブロマンス」に
「地味な女性が自分の可能性に気づき自信を持っていくサクセスストーリー」など
悪く思わないでほしいが、女性受けするドラマ要素をふんだんに盛り込んだ本作は
女性であるパティ・ジェンキンス監督だからこそ成し得た作品に違いない。


ただ、手あたり次第にバランス度返しでそれら要素を詰め込んだこの作品は
核となる物語が曖昧になっており、
その影響であまりにもスロースターターとなっている本作は
世界の存亡をかけた本筋が動き出した頃には、冷めた目になってしまっていた。

この作りに付き合える方には
スピンオフ部分まで詰め込まれた本作は満足この上ないだろうが、
付き合えない方には151分、特に物語が動き出すまでは苦痛でしかないはず。

スターウォーズ大丈夫かな...



◎◎アクションのダサさに驚愕!加えてラストの結末にも唖然!◎◎
とは言え、アメコミヒーロー映画。
正直なところ、ワンダーウーマンのアクションシーンが良ければそれでいい!

ドリームストーンに恋人との再会を願ってしまったことで
「不死身に等しい力が衰退していく」という設定で
バトルに一定の緊張感を、そして、それがダイアナの物語=決断を描いていくなど
よく考えられた構成だ。

先ほど書いたように人命救助エッセンスが取り入れられたアクションシーン、
特にオープニング直後のショッピングモールでのシークエンスは
アクション演出としても見事なものだった。

しかし、その他は本当に目も当てられないほど単調なアクションのみとなっている。
ドラマに時間を割きすぎたのか、はたまたドラマパートとのバランスの悪さにそう体感したのか、
アクションシーンパートはかなりの急ぎ足となっており、
「ピンチ」「成長」「勝利」などといった過程に乏しく盛り上がることもない。

テーマ曲で強引に持っていこうとした印象だ。

また、「マトリックスリローデッド現象」が起こっている。
これは勝手に命名しているが、どういうことかというと
「予告編でアクションシーンのすべてが披露されており、それ以上に面白いシーンがない」
ということ。
本作「ワンダーウーマン1984」のアクションシーン、見せ場は
すべて予告編内に収められているため、それ以上の興奮はまずないと言っていいでしょう。

そして、最も残念なのが、飛ぶ、走る姿のダサさだ。

まるで人形を動かしているような、とにかく動きの固さに加え、
ダイアナを演じるガル・ガドットのスタイルの良さ。
バービー人形を走らせたり、スーパーマン風のポーズをとらせているようだった。
失望しましたね。これ、必見です!

そして、この作品の言うなればオチです。
詳しくは言えませんが、ドリームストーンの力を持ったマックスの手によって
人類の隠れた欲望が露見させられ、それによって世界が崩壊へと進んでいきます。

もちろん最終的にはワンダーウーマンがそれを救うのですが、
まず言いたいのが、市民の願う願いがステレオタイプすぎることだ。

「王になりたい」「核を保有したい」「あいつと別れたい」そんなものばかり。
何が言いたいのかというとダイアナのように
「今は亡き人ともう一度会いたい」と言った願いは一つも描写されない。
これは展開を作るためにいた仕方ないとは言え、あまりにステレオタイプに思えた。

いわばそんな人々の「過ち」をワンダーウーマンは改心させるわけですが、
「世界救われました」の後、すぐ「みんな幸せになりました」なわけですよ。

世界を陥れたマックスを感動的なドラマで、
バーバラを切ないドラマで彼らのドラマは終えられる。
彼らがどう改心し、何を果たすのかは全くもって描かれない。

簡単に言えば、この作品、彼らに罪を問わないわけです。

なにが言いたいのかと言えば、「反省したらそれでいいんですか?」てことです。
「現実を受け入れたワンダーウーマン」の姿に
それらを集約していると言えばそうなのですが、
クライマックスにおいては作品メッセージがどんどん拡張されていくため
彼女一人の姿では個人的には納得いきませんでした。

それは、「そんな言葉で改心できる!?」という物語の雑さも相まったことでしょうが、
ダイアナですらあんなに悩んで決断したわけなのに、
世界中のすべての人間があんな短い時間の中で決断し、
そして、皆が放棄するなんてまず無理がある。

それこそ、ここに「亡き人との再会」を望んだ人の姿があれば
また複雑化するので、本作はめんどくさくて目を背けたのだろう!
なんだよ、このオチ!


まぁ、ラストのクリスマスシーンが何十年か後なのであれば、納得は行きますね(笑)


◎◎総評◎◎
オープニングは本当に軽快で、
人命救助というヒーローで最も大切な要素を
続編にもしっかり取り入れ、アクションシーンを構成する
その姿勢、作風には驚かされた。
ただ、それ以上にアクションのダサさ、オチの雑さには
失望の一言でした。
クリスマス映画にピッタリ!?
そうなんですか...