映画雑レビュー「ハウス・ジャック・ビルド」75点 倫理無視!不謹慎!でも後味最高な胸糞映画 | SayGo's 映画レビュー
「ハウス・ジャック・ビルド」
原題 The House That Jack Built
公開日 2019年6月14日
上映時間 155分
ーーーーあらすじーーーー
1970年代のワシントン州。
自分の理想とする家を立てることを夢見る独身技師ジャック。
5つの殺人の告白で自らの12年間の軌跡を語り出す。
第71回カンヌ国際映画祭で100人以上の途中退席者を出しながら、
上映後はスタンディング・オベーションを巻き起こした
ラース・フォン・トリアー監督最新作。
殺人に芸術性を覚えるシリアルキラーの12年間の軌跡を
5つのエピソードで描き出す。
★★嫌悪感を与える残虐描写で語る映画という芸術のあり方★★
胸糞映画をそれなりに見てきた自分だが、
その中でも『もう二度と観たくない』と思わされたのは
映画『ダンサー・イン・ザ・ダーク』。
そのラース・フォン・トリアー監督最新作が
プレミア上映の際に大きな賛否を起こしたとなれば...
そりゃ、高まりゅ~!
アメリカでは修正版の公開に留められたが、
日本ではオリジナル版を見れるというもの
『ヤッター( ≧∀≦)ノ』な一言だ。
建築家志望の主人公 ジャックが彼が家を建てるまでの
12年軌跡を5つのエピソードで語っていく本作は
嫌悪感を抱くこと必須の残虐っプリ!
まぁ、健全な人であればあるほど見るに耐えないでしょうね。
そして面白いのが、
倫理に反する言動にひた走るジャックの姿を通し、
トリアー監督が今の映画界を皮肉っているような作風だ。
自分もそうだが、ごく普通に日本で暮らしていれば
劇中の宗教感や芸術作品、音楽の引用で
語られるメタファーを理解するのは困難の一言だが、
映画界に警鐘を鳴らすような結末に驚かされた。
退席したくなる気持ちはわかるけど、
頑張って見てほしい作品だ。
★★観る者に嫌悪感を覚えさせるサイコスリラー★★
理想とする家を自らで建設しようとしながら
理想とする家を作ることができず葛藤し、
その度、殺人という行為で自らのアーティスト性を肯定して
また設計に着手するというルーティーンを繰り返す
主人公 ジャックはまさにシリアルキラー。
そんな彼が理想の家を作り上げるまでの12年間を
5つの殺人エピソードで綴っていく。
プレミア上映の際、100人以上もの途中退席者を出したのは
倫理に反する描写の数々だ。
殺人そのものが倫理に反している訳だが、
映画であればその行為事態は容易くも飲み込めるものだ。
しかし、『反フェミニズム』意識と
悪趣味な芸術衝動のもと繰り返すジャックの殺人は
映画であっても、映画であるからこそ倫理に反していく。
女性は無能だというニュアンスを常に言葉で露にし、
時に彼女らの幸せとなるロマンスや家族を弄びながら
行われるジャックの殺害模様。
首を絞め瀕死状態にした老婆を労って見せる様や
息子を目の前で殺害し、放心状態になった母を狩る様など、
女性を見下す優越感に浸りながらな
事を成していくというジャックの殺害ロジックは、
フェミニズムを重んじる現代の映画の潮流との逆行も相まって
一層の凄惨さを帯びる。
また、多少の外連味を効かせる残酷映像描写のインパクトも凄まじく、
『子供の足が銃弾で千切れ飛ぶ』『ヒヨコの足を切断する』
という攻めた演出には『ヤりやがった...』という衝撃が走った。
極めつけは、殺害した人間の死体を
自らの美学を持ってして演出し、写真に納めるという悪趣味さだ。
硬直した死体を様々な形で飾ってみせるのみならず、
針金で強引に表情を与えようとする死体芸術への異常な執着は
ジャックのサイコ性をこれでもかと高めていく。
実社会の倫理はもとより、
現代の映画界における倫理基準にことごとく反し、
不謹慎を極める本作は
観る者に嫌悪感を抱かせるほど強烈な作品だ。
一秒たりとも『アウト!』なシーンがない。
残酷映像耐性もさることながら、
倫理感の強い人には観ることが出来ない胸糞映画だ。
★★つい笑ってしまうコミカルな演出★★
とにかく見ていて嫌な気持ちにさせられる本作だが、
コミカルな演出がちりばめられている。
潔癖性という強迫観念に悩まされるジャックが
『もしかしたら、あそこに血痕が...』と気になり
何度も何度も、何度も殺人現場を戻り確認し、
『そこ掃除したって!』とツッコミたくなるほど
同じ場所を掃除するシーンなんてつい笑ってしまう。
そんなことしてたら警察来ちゃって...
なんて、なんとも可愛らしい(笑)
また、死体の写真に納得できず、
殺人現場に死体を運び再撮影するジャックを
タイムラスプ的な演出でコミカルにも見せられたら...
そんな箸休めパートを作ってくれているのは救いだ。
まぁ、それもまた悪趣味にも思えるわけだが(笑)
★★衝撃のラスト★★
あまり言うとネタバレになってしまうのでざっくり言うが、
本作は終盤で世界観を大きくシフトチェンジする。
急な世界観の変貌にこそ最初は追い付けず驚かされたが、
冒頭からジャックに12年間の軌跡を語らせてきた
『ある者』の存在が明かし、物語を一点に集約してみせる構成は面白く、
絵画『ダンテの小舟』調での演出などで彩られる
映像美溢れる○○の世界観。
これを映画館で見れただけでも満足できる代物だ。
そして、勧善懲悪的なカタルシスを放つ結末を
最高のリリックで綴じてみせる最高のエンディングテーマ!
意外なほどラストは爽快であり、
映画館を後にする足取りは軽快だ!
途中で見るのをやめた方がモヤモヤする映画だ。
★★前衛的なアンチテーゼ★★
この作品はとにもかくにも
ジャックに倫理に反する言動をさせ
不謹慎を極まりない物語展開を見せるのだが、
それをもつてしてトリアー監督が
映画(芸術)界に対し警鐘を鳴らしているように思えた。
それこそ昨年度の米アカデミー賞の結果を見れば明白だが、
人種やフェミニズムといった社会問題のメタファーを潜ませ、
正しき主張をする、言わば『倫理的に正しい』作品が
今の映画界の潮流だろう。
そんな今の映画界で『倫理に反する』描写は
一層のタブーさを帯びてきているように思える。
なぜならば、作り手側と鑑賞する側の需要と供給が
『倫理的に正しい作品』によってバランスがとられ、
結果、相互的にみるみる社会問題に対する意識が
強められているからだ。
最近では海外作品の多くに人種やフェミニズム描写があるほどだ。
そんな今の作品群を非難するつもりもなく、
なんらな素晴らしいとも思っている。
そんな倫理的正しさを善とする今の映画界に
トリアー監督は極端なまでの『倫理に反する』演出をもって
『窮屈すぎる!』と主張しているように思えた。
それこそコンプライアンス意識を強めるばかり
過激なバラエティを回避し、
『旅』『グルメ』『クイズ』といったにたような番組が
プログラムを埋めるようになってきた日本のTVのように、
倫理意識が映画(芸術)を殺すかもよと
警鐘を鳴らしているように思えた。
そういった今の映画界に対する『反抗』として
本作の『倫理に反する』表現を観ると味わいは深い。
そして、さらに面白いのが、
そんな反抗を見せながら、
倫理を逸脱した主人公 ジャックを正に『地獄堕ち』させ、
そんな彼にエンディング曲で『二度と戻ってくるな!』という演出だ。
倫理に反すれば、映画界の潮流に乗らなければ
非難され、居場所をなくされるんでしょ(笑)
倫理に反する作品を作った自分を
倫理に反した行動を取ったジャックに投影し、
そんな彼を地獄堕ちさせるラストは、
トリアー監督が自らを自虐しながら
今の映画界を皮肉っても見える。
ラストカットにおける明暗を逆転させる、
『闇』を『明るみ』に変えるネガフィルム演出は
『倫理的であろうとなかろうと映画には光がある』
とトリアー監督が主張し、希望を覗かせているようだった。
★★総評★★
映像というより倫理に反する不謹慎さで
観るものにこの上ない嫌悪感を抱かせる胸糞映画。
しかし、観客のジャックに対する憎悪を
代弁し爆発させてくれるような結末は爽快であり、
そこに潜められたトリアー監督の映画界に対する皮肉が
作品をユーモラスなものにもしている。
最後まで観る方がスッキリも得もする映画!
★★★