結婚や子育てを通して
自分の幼さを知り、
母親の偉大さを痛感。

女って結婚で役割が増えてからが本番で、
勿論、独身時代に培わなきゃいけない自律力が
応用編となって始まっていく。

逃げ場はなくて、
逃げたと思っていても、
実は逃げきれていない。

そんな中でどうやって幸せになっていくか。

家のことばかりじゃない。
自己実現、願望実現に展開していく女の法則。

しんどいまんま無重力化が
実は1番の近道だった。

手放しなんて都合よく使われるこのご時世、
楽になるのはあたりまえだけれど、
そんな楽なら要らないね。

手放した瞬間、育みが終わってしまう。

母にせよ、妻にせよ、嫁にせよ、
しんどいまんまで良いと思ったし、
だからこそ見つけられる一点の突破口で
わたしはこれからも繁栄していきます。

吉野さやか


知的でうっとりな
ゆりあつさんの投稿↓↓



男性に対して
 
やってくんない
聞いてくんない
認めてくんない
お金くんない
 
 
だから、愛されてないんだ
大事にされてないんだ
 
 
だったら、もういいもん
 
 
拗ねてやる
困らせてやる
嫌いになってやる
あんたなんかいらない
 
 
そうやって、あの手この手で
言うことを聞かせようとする。
 
 
それでも思い通りにいかないと、
いよいよ被害者意識が分厚くなって、
どんどん拗らせていく。
 
 
そうそう、
拗(す)ねるも、拗(こじ)らせるも、
「幼い手」と書くのですね。
 
 
幼い子どもの使う手で、
大人が使う手ではございませんが
案外、女はいくつになっても
それをやってしまうものです。
 
 
ちなみに、責任転嫁は、
「責任を嫁に転がす」と書くし、
 
 
そんな姑息な手段を「姑の息」と書きます。
 
 
拗ねたバブ子が大人になると
責任転嫁が常套手段な姑息な女となるわけです。
 
 
それは、今に始まったことではなく、
漢字ができた頃からあると思えば、
もはや女の性として受け入れてしまうのもありですね。
 
 
バブバフ劇場を繰り広げた挙句、
いい年になったら、責任転嫁で人のせいにして、
周りに気を遣わせるババアへと一直線。
 
 
相手次第の甘い蜜を頼りに、
やってくれる誰かを値踏みしたり、
 
 
監視しながら、愛を測るから、
胸を渦巻く不満や苦しみから自由になれない。
 
 
書いてて怖くなるけれど、
これが、女の本性かと。
 
 
やってくんない
聞いてくんない
認めてくんない
お金くんない
こんなにやってるのに、報われない。
 
 
日常で感じる『虚しさ』の蓋を開けてみたら、
でっかいバブ子が居座っていました。
 
 
これが私の現在地。
ここからどうするかが、女の分かれ道。
 

本日8月1日スタートの、さやちゃんの
『おうちで生活ビジネス講座』は、
ここから斬り込まれていきます。


いやはや、現実直視で女の膿を出し合う
一大鎮魂祭が始まる予感🫣
 
 
今回も、特設サイトを制作させていただきました✨
 
 
ここから3ヶ月間(きっと3ヶ月じゃ終わらない。笑)
しっかり追走して、心をこめてサイト作りをしながら、
いち受講生として取り組んでいきたいと思います。
どうぞよろしくお願いいたします。