『銀河鐵道の夜』より
……家へは帰らずジョバンニが町を三つ曲ってある大きな活版処にはいってすぐ入口の計算台に居ただぶだぶの白いシャツを着た人におじぎをしてジョバンニは靴をぬいで上りますと、突き当りの大きな扉をあけました。中にはまだ昼なのに電燈がついてたくさんの輪転器がばたりばたりとまわり、きれで頭をしばったりラムプシェードをかけたりした人たちが、何か歌うように読んだり数えたりしながらたくさん働いて居りました。
ジョバンニはすぐ入口から三番目の高い卓子(テーブル)に座った人の所へ行っておじぎをしました。その人はしばらく棚をさがしてから、
「これだけ拾って行けるかね。」と云いながら、一枚の紙切れを渡しました。ジョバンニはその人の卓子の足もとから一つの小さな平たい函をとりだして向うの電燈のたくさんついた、たてかけてある壁の隅の所へしゃがみ込むと小さなピンセットでまるで粟粒ぐらいの活字を次から次と拾いはじめました。青い胸あてをした人がジョバンニのうしろを通りながら、
「よう、虫めがね君、お早う。」と云いますと、近くの四五人の人たちが声もたてずこっちも向かずに冷くわらいました。
ジョバンニは何べんも眼を拭いながら活字をだんだんひろいました。
六時がうってしばらくたったころ、ジョバンニは拾った活字をいっぱいに入れた平たい箱をもういちど手にもった紙きれと引き合せてから、さっきの卓子の人へ持って来ました。その人は黙ってそれを受け取って微かにうなずきました。
ジョバンニはおじぎをすると扉をあけてさっきの計算台のところに来ました。するとさっきの白服を着た人がやっぱりだまって小さな銀貨を一つジョバンニに渡しました。
日本で使用されている活字の最小のものは6Pです。版面の高さは2.108mm。このサイズまでは花形や漢字も存在します。しかし、実際にはそれよりも小さな活字があります。つまりルビ用のものです。
『銀河鐵道の夜』でジョバンニが拾った「粟粒ぐらいの活字」はおそらくルビ用の活字だと思われます(実際に活字屋さんや活版印刷所で活字を拾うのにはピンセットは使用しません)。
ルビという言葉はイギリス活字の5.5PをRubyと呼んでいたことから、ルビー→ルビとなりました。ちなみにアメリカではこのサイズは紅玉(Ruby)ではなく、瑪瑙(Agate)と呼んでいました。すべての活字サイズが宝石名というわけでもないのですが、小さな活字は作るのが大変だったので、「小さいけれど貴重」という意味で宝石名がついているのかな、なんて思います。
実際に日本でルビに使う場合は、本文の半分のサイズを使います。五号(10.5P)や 9P、8Pの本文のルビは4Pの活字を使っています。
ドイツでは5PがPerl(英語表記ではPearl)、4PがDiamant(英語表記ではDiamond)なので、5Pよりもさらに小さな4Pは貴重であることがわかります。
それで、この4Pで「ありがとう」のセットを作ってみました。
こんなに小さいんです。
そこで細いマスキングテープでぐるぐる巻きにして、捺してみました。
小さいので均一に力をかけることができるので、5本まとめ捺しでも結構ちゃんと捺せました♪
20g用のメンタム缶に「ありがとう」のご文字を入れてお届けします。